ちづるが夫とガラス越しの再会を果たした、その二か月前。
東京地検特捜部が横浜市保土ヶ谷区のオフィスにやってきて、高峰壮平を連行していった。
「奥様、大変です!高峰先生が、検察に!」
それをちづるに電話で知らせたのは、秘書の有田だった。
「なんですって⁉一体……どうして?」
罪状は公職選挙法違反。半年前の衆議院選、壮平が初出馬で当選を果たした総選挙で、反社会勢力からの選挙協力を得ていた容疑だという。ちづるにも、有田にも、おそらく壮平本人にとってもまったく身に覚えのないものだった。

◆◆◆

ちづるが壮平に出会ったのは、三年前。某キー局、生放送の討論番組。女性キャスターとして活躍していた頃だった。某国立大学で政治哲学を教える学者、高峰壮平は、その夜ゲストコメンテーターとして迎えられた。それまでマスメディアへの露出は皆無で、その夜も急遽出演をキャンセルした某文化人の代役だった。しかし、カメラが回るや否や、存在感は他を圧倒した。
舌鋒鋭く、政権与党の腐敗を糾弾し、ときには物議を醸すような挑発的な表現も厭わないその姿勢。少人数の観客も入ったそのスタジオ全体が魅了された。番組の進行役のちづるは他の出演者にもバランスよく話を振る立場も忘れ、すっかり壮平への単独インタビューといった雰囲気になった。周りの論客たちは、放置され、呆気に取られたり、不貞腐れたりしていた。
番組プロデューサーは放送直後、ちづるの失態を叱責したが、すぐに掌を返した。視聴者の反響は大きく、突如現れた気鋭の論客に拍手喝采が巻き起こったのだ。翌月にはもう、壮平とちづるの二人によるニュース解説番組がレギュラー化された。

二人の関係はすぐに男女の交際に発展したが、結婚までの道のりは平坦ではなかった。壮平には離婚歴があり、前妻との間に二人の子供がいる。一方ちづるは、小学生の娘、いづみを抱えるシングルマザーだった。
育児には親族の助けを借りながらも、長年母子二人だけで暮らしてきた。ちづるには、家庭の中に男がいる環境がうまく想像できなかった。転機は、壮平を招いて自宅で夕食会を開いたときだった。
「あの怖い顔したおじさんが来るの?」
 いつもテレビで母と並んでいる中年男性が家にくると知って、いづみは身構えた。だが、対面でみる壮平は別人のように優しく、すぐにいづみの心をつかんだ。
夜になって、壮平が帰宅するというと、いづみが大泣きするので、翌週も必ず食事をしにくると約束して終わった。
 三人で過ごす時間が増え、ちづるは、壮平からプロポーズを受けた。あくまで自然な成り行きとして。だが、ちづるを驚かせたのは、もう一つ別の告白だった。
「次の衆議院選に出ようと思っている。無所属で。君には、妻として支えてもらいたい」
 ちづるは、ただ頷いた。

◆◆◆

「あれだけ、政治とカネのことを厳しく追及されていた先生です。拘留中も国費で公設秘書を雇うわけにはいきませんので……」
 壮平の逮捕からほどなくして、直後、秘書の有田が取り仕切って、他の公設秘書たちを解雇してしまった。
有田は、壮平の元ゼミ生で、卒業後にはキャリア官僚として活躍していた。壮平の出馬を機に職を辞し、高峰事務所の秘書となった。当然、壮平からの信頼も厚い。
「先生の潔白が証明されるまで、ここは、僕が踏ん張りますから、奥様も、どうか気を落とさずに」
 有田の励ましに、ちづるは目頭を熱くした。そんな動きのすべてが、ちづるを孤立無援の状況に陥れるための謀略の一部だったなどと、夢にも思わなかった。

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