プロローグ 早朝、東京拘置所

東京都葛飾区、小菅。朝靄の奥に、白壁の巨大建築物が視界に入ったとき、ちづるは思わずと嘆息した。汚職政治家の収監先として知れた、東京拘置所。翼を広げた翼竜のようなフォルムをした新庁舎に、夫で国会議員の高峰壮平が拘留されている。
 後席にちづるを乗せた、黒塗りのクラウンが敷地内の駐車場に滑り込んでいく。
「あまり待たせるな。手短に終わらせるんだぞ」
 総白髪の男が、ちづるの膝を撫でながら、脅すように言った。
「はい……でも、あの、やはり、この恰好では……」
 運転手は後席のドアを開いた。その勢いは少し乱暴で、躊躇するちづるを責め立てるかのようだ。運転手の男が冷たく言い放った。
「どうした?引き返すか?」
「うぅぅ、行きますから」

 車を降りたちづるは、両手でスプリングコートの前をぎゅっと手繰り寄せた。それでも、冷たい朝の空気が下腹部を撫でて、身震いがした。コートの中は、薄手の白いブラウスと、ミニのフレアスカートを素肌の上に身に着けただけの姿だ。
三十九歳、中学三年の娘を持つ母であり、国会議員を夫に持つ議員夫人。そんな人妻が、収監中の夫と面会するのにふさわしい着こなしとは、全くかけ離れていた。
 ちづるの足取りは重く、ぎこちない。そうして時折、天を仰いで立ち止まった。
「どうしました、奥様。急がないと面談の時間が、短くなりますよ?」
 運転手が、意地悪い笑みを浮かべながらちづるの背中を軽く押した。
「ああっ!あまり、急かさないで……」
 ちづるは、股の間から、熱く粘着質なものが垂れ、内腿の上を伝って落ちるのを感じた。

(こんな姿で、壮平さんの前に……)
 
 ロッカールームで荷物を預けたあと、通されたゲート式探知機で、ちづるは足止めを食らった。
 スプリングコートを着たまま、それをくぐり抜けようとしたとき、けたたましい警報が鳴った。命じられて、それを脱いで再度通りぬけると、今度は無音だったが、刑務官の持つ棒状の探知機で、身体を触れられた。薄手のブラウスと、ミニのフレアスカート越しに、硬く冷たい金属の感触が伝わると、思わず、ちづるは身を固くした。
刑務官から軽蔑のニュアンスを込めて笑っているような気がしたが、恥ずかしさのあまり、ちづるは視線をあげることができなかった。
近頃は、そうしたボディタッチを伴う検査は、同姓の職員があてがわれるものだ。だが、文句は言えない。マスコミや一般人の目を避けて、通常の開館時間より一時間早く、面談時刻を組んでもらっているのだ。
 空港にあるような荷物検査のスキャナを通ったスプリングコートを再び着用しようとしたとき、刑務官に遮られた。
「一度警報がなった場合、その上着はお預かりすることになっていますから」
「えっ、でも……検査して、問題がなかったのでは?」
「規則ですから。ご協力いただけないなら、ご退館いただくしかありませんなぁ」
 見たくなかったが、刑務官の表情が視界に入ってしまった。いやらしい視線が腿や胸元に浴びせられていることがわかって、ちづるは下唇を噛んだ。

 面会室の扉が開いたとき、ガラスの奥にはまだ壮平の姿はなかった。透けたブラウスとミニスカート姿のちづるが、ガラスの前の席に着席した。
ほどなくして奥の扉から、壮平が曳かれてきた。その両手を戒めた手錠に、ちづるは打ちのめされた。
「あぁ、あなた……」
「ちづる……すまない」
 やつれきった壮平の表情には、精気がなく、死相すら浮かんでいた。半年前に新進気鋭の論客として政界デビューした男の姿は、そこにはなかった。
「……壮平さん、諦めちゃだめよ。絶対、こんなこと、絶対に、間違いなんだから。私も、負けませんから、だから……うぅぅぅ」
こらえられなかった。気丈にふるまおうとしたが、汚されてしまった自分の肉体の犠牲と、変わりはてた夫の姿とを思うと、冷静ではいられなかった。
憔悴しきった壮平の方も、妻であるちづるの姿をまともに直視することができないままだった。
嗚咽交じりにしか言葉を交わせなかった。だが、面会時間は所定の十五分ぴったりで、冷酷にも打ち切られた。

退館時は、人目につかないよう、拘置所の裏口を通された。外で待っていた運転手の男が、ちづるの姿を見つけると、卑猥な軽口を浴びせてきた。
「ムショ暮らしでムラムラしているんだろ?その恰好じゃ目に毒だな。旦那、喜んでたたか?」
「言葉に、気をつけてください。夫は、無罪です。刑務所には、行きませんから」
 ムショ暮らしという言葉には、黙っていられなかった。
非常識な露出衣装に関しては、初め不安でたまらなかったが、壮平の顔を見てからは、ちづる自身、忘れてしまっていた。夫の壮平の様子に、意識が集中していたのだ。それに、壮平自身も、ほとんどちづるの方を直視できていなかったから、服装の異常には、気づかれていないはずだ。
クラウンの後席に戻ると、総白髪の男がすぐにちづるの肩を抱き寄せ、耳元で囁いた。
「どうだった?」
「とても、やつれていました」
「そんなことを聞いているんじゃない。私の種を腹の中に蓄えながら、あいつと会話するのはどうだった、と聞いているんだ。スリルがあって、燃えたんだろが、えぇ?」
「そんなこと、ありえませんっ!あの人の前ではもう、こんなことは、させないでください……」
「ふふ、これからも、お前は私の女だ。あいつがいようがいまいが、好きな時に、私はお前を犯る」
「そんな……」
「ん?イヤなのか?ならあいつには、このまま、四、五年、檻の中に入っておいてもらおうか?」
「そ、それは……それは、ダメです」
「お前も、五年後には四十代の半ばか?その時分にはお前の美貌盛りを完全に過ぎたころだろうな。出所したあいつには、使い古しの出涸らしをあてがってやるさ」
「ああ、ひどい、お願いです!どうか、主人を助けてやってください。私は、なんでも言うとおりに、いたしますから……」
「さすがは、インテリの奥さんだ。物分かりがいい。さて、今朝仕込んだザーメンも、そろそろ乾いたことだろうから、継ぎ湯をしてやろう。素っ裸になって、股を開け」
 男のオーラに気圧されて、ちづるは衣服を脱がざるを得なかった。裸になったはいいが、この拘置所の敷地内で男のモノを受け入れる決心が着かなかった。
「ちっ、もたもたするな!」
 男のごわついた手が、ちづるの熟れた腿を掴んで大きく開いた。覆いかぶさってくる男を仰ぎ見ながら、懇願した。
「ああ、警備の人に、不審に思われます、どうか、別の場所で…ああっ!」
 男の剛棒が、ちづるの中に侵入してきた。湿り気は、不十分だったが、お構いなしにねじ込まれる。痛みからくる悲鳴を、ちづるは必死に飲み込んだ。苦痛を訴えると、その何倍もの責め苦を与えるのが、この男のやり方だと、ちづるの身体はもう十分に思い知らされていた。
 男が手で合図すると、ようやく車が動き出した。
「じゃあまた、お前の家で遊ばせてもらうとしようか」
「だ、ダメです!今日は、いづみが、娘が定期試験で、お昼過ぎには帰ってくるんです……」
「やれやれ、なんでもいうとおりにすると、言ったのは、どの口だ?」
「うぅ、うぐぅぅぅぅ……」
 男の指が、ちづるの口の中に潜りこんで、舌を摘まみ出した。男の性欲は、底知れない。一度や二度の射精では収まらないのだ。娘の下校時間までに帰らせることができなければ、家庭は主の帰還を待たずに崩壊する。ちづるは、目に涙浮かべて懇願した。
「お願いですっ!娘に見られるわけにはいかないんです。家で嬲るのは、どうかお許しくださいっ!」
「ふん、じゃあどこで嬲られるんならいいんだ?」
「ああ、お屋敷で、清浦様のお屋敷で、どうか、ちづるを可愛がってくださいませ……」
 ちづるは、清浦と呼ばれる男の支配欲を満たすために、精一杯の語彙を振り絞った。
 清浦は、抽送を続けながら言った。
「厚かましい人妻だ。他人のうちを、連れ込み宿かなにかと勘違いしとらんか?」
「ああ、ごめんなさい、でも、でもっ……」
「あとで、国会の事務所宛に、宿代として請求させてもらうぞ、いいな?」
 そんな請求書が、釈放された後で夫や、議会の誰かの目に触れたらと思うと、ちづるは目の前が真っ暗になった。質の悪い冗談だとは思うが、この男は、女をいたぶるためなら、どんなことでもやりかねない。
車窓の景色から、車が首都高速道路を横浜方面に向けて走っていることに気がついた。高峰家の自宅のある、横浜市保土ヶ谷区の方へと、車が向かっているのだ。自宅近くにまで来てしまったら、もう男を止められなくなる。ちづるは首肯するしかなかった。
「はいっ……構いませんから、ああ、お屋敷に、お邪魔させてくださいっ、ああっ、お願いです!」
「ちっ、仕方ないな。だが覚悟しろよ。今日はもう帰れないと思え」
「そんな……二日連続だなんて、娘が変に思います……」
 昨晩も、清浦に呼びつけられて、赤坂の高級ホテルで一夜を過ごした。明け方近くまで犯され、眠れたのは、二時間にも満たなかった。
「なんだ、不満なのか?だったら、お前が俺の魔羅を咥えて、嬉し泣きしているところを、お嬢ちゃんにも見てもらうか?」
「ああ、そんな恐ろしいことを、おっしゃらないで。泊めてください、朝まで、ちづるで、お楽しみになって……」
「ああ。倅のやつも、お前に久しぶりに会えて、喜ぶだろうよ。くっ、くくく」
 清浦が、その息子のことを口にしたとき、ちづるは胸に鋭い痛みを感じた。
 身体を弄ばれているのは、夫のため、家族のためなのだと、自分に言い聞かせてきた。
だが、清浦の息子、翔馬の顔が脳裏に浮かんでくると、ちづるは自分の欺瞞と向き合わざるをえなくなった。
(あなた……。私が、バカだったのよ。許してなんて、とても、言えない……)

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