里穂は、昨日着用していたチャイナドレスを纏って、地下鉄の駅の階段を足早に降りていた。二度目のチャンスをもらうにあたり、いくつか矢永から条件を出された。集合場所は矢永の指定した渋谷にある『蜘蛛巣城』という厳めしい名前のラブホテルだった。
「私は、先にタクシーで行ってるから、あなたは地下鉄で来なさいよ。ふふふ、ハロウィンの時期でもないのに、その恰好で歩いてたら、さぞかし注目を浴びるでしょうね。あなたは、その方が濡れるみたいだから、ちょうどいいウォーミングアップよ。途中で逃げ出さないように、荷物も全部預かるから。あなたは、この小銭で切符を買いなさい」
赤坂見附駅のホームで銀座線の電車を待つ間、里穂は矢永のセリフを反芻しながら、不安に胸を締め付けられるような気分だった。
「一応、権田さんからは、アナルはダメとか、傷がつく様なことはダメとか、いろいろうるさいこと言われたんだけどぉ。今回はあなたが、どうしてもっていうから相手してあげるわけで。NGは一切なし、ってことでいいわよね?」
矢永がどんなプレイを想定しているのかを測りかね、返答に窮したが、断れば即ゲームオーバーで獣姦が確定してしまう。どんな責めであろうと、犬と交尾することを思えば、耐えられるはずだ。覚悟を決めて、里穂は頷いた…。
電車がホームに走りこんできた。窓ガラス越しに、一人の美しい女性の顔が見える。
(あの女の人、どこかで…)
何故かはわからないが、急激に胸騒ぎが高まった。電車に乗り込むなり、その女性の後ろに立つ長身の男から声をかけられ、里穂は身を強張らせた。以前里穂を嬲りものにしていた、体育教師の森田だった。
「おやおやおや、これはこれは、里穂先生。奇遇ですなぁ。そんなぶっとんだ恰好をして、どこへお出かけですかぁ?」
車内で大声をあげるので、他の乗客がギョッとしてこちらの方を見ている。破廉恥な超ミニのチャイナドレス姿で、しかも腕や太腿には鞭のアザをつけた自分の姿。それをしげしげと見つめる無数の目玉が車内にうようよ浮かんでいる。里穂は、身を縮こまらせ、思わず手で乳首の隆起した胸元を覆う。
「森田先生……あ、あなたには、関係ありませんっ。そ、それより、その女性は…」
森田はイヤらしい視線を里穂に浴びせかけながらも、両手はせわしなくその美しい三十歳くらいの女性の豊かな膨らみを揉みしだき、尻を撫でまわしている。白昼堂々と行われる痴漢行為を、里穂は黙って見ていられなかった。
「ふふふ、紹介しようか。こちら、南野先生の奥さんで、名前が聡美」
「な、なんですって!ど、どうして…」
「聡美の方は、知ってるよな、こちら、華谷里穂先生。言いづらいけど、ほら、南野の奴と不倫してた、あの女だよ」
「で、デタラメを言わないで。違う、違うんです、説明させてください、私は……」
「説明なんてしなくたって、聡美は全部知ってるよ。俺がしっかり事実を伝えたからな。君が南野とハメハメしてる動画付でさ」
「あぁ、そんな…」
***
女に見覚えがあったのは、南野の職員室のデスクに飾られていた写真を何度も目にしていたからだ。優しく、慈愛に満ちた笑顔をこちらに向けてくる女性を見て、こんな素敵な女性の幸せを台無しにしてはならない、と里穂は南野への想いを何度も押し殺したものだ。
森田は、権田の送り込んだ用心棒の暴力で痛めつけられた挙句、里穂を無理やり強奪された。以後、森田は以前のような精気を失い、廃人同然のような日々を送っていたのだが、転機は、権田の娘である英玲奈によってもたらされた。里穂と南野の美術室での絡みを記録した動画を、冗談半分で森田にプレゼントした時だ。
「ふふふ、森田先生、パパのせいでずいぶん大変な目にあったから、お見舞いにこれをあげようと思って」
森田は、英玲奈の挑発に始め激怒したが、すぐに態度を改めた。というのも、英玲奈が大きなヒントを与えてくれたからだ。
「そうカンカンしないで。このビデオでショックを受けるのは、森田先生だけじゃないはずでしょ?これ、利用しない手はないんじゃないの?」
絶世の美人ということで有名な、南野夫人の顔が、瞬時に森田の脳裏に浮かんだ。なにしろ、森田は南野のデスクに飾られた写真をこっそり拝借して、夜中の体育教官室で手淫に興じたことのあるくらい、フレームの中の南野夫人に焦がれていたのだ。
森田は、けがの治療を口実に(実際にはもうとっくに完治していたのだが)学校を早退し、南野の自宅に夫人を訪ねた。初めて訪ねてきた森田のことを不審な目で警戒していた夫人は、家に森田をあげることは拒否して、近くのファミリーレストランで話を聞くことにした。上の子は友達と公園で遊ばせ、下の子はまだ乳児だったので、脇に抱えたまま、夫人は森田と席を挟んだ。
「びっくりしないでくださいね。外ですから、詳しいことは口に出せませんが、これを見ていただければ、お分かりいただけるかと…」
件の動画を無音で再生しながら、そっとスマホを夫人に手渡す。夫人の美しい顔が、見る見る青ざめていく。瞬きもせず画面を凝視している姿に、森田は心の中で快哉を叫んだ。
(おお、ショックを受けているな。この美貌だ、人生で男に裏切られたことなど一度もないんだろう。そんな女ほど、こういう時には脆いものさ)
夫人は、顔面蒼白のまま、息をあげて、ようやく口を開いた。
「少し、気持ちを整理させてください…。明日、同じ時間にいらしてくださらないかしら。とても外で話せないので、お家でお話、伺いたいの。今日は、失礼な対応をして、申し訳ありません…」
翌日、森田は休みをとり、万全の準備を整えて南野の自宅マンションを再訪した。元来、マスクは甘く、高身長の森田だ。性欲にぎらつきすぎる目つきや、デリカシーのない発言、清潔感にかける服装さえ改めれば、女にも持てるはずだ。
英玲奈は森田の服のコーディネートや髪型のセットにまで口を出して、森田をイケメンの優男に仕立て上げて、夫人の元へ送り出した。
夫人は、再び森田の持ち込んだスマホの中の映像と向き合った。ただし、隣室で宿題をしている上の息子や、自分の腕の中で眠る新生児の娘に音を聞かせるわけにはいかない。イヤホンを取り付け、動画の視聴を始めた夫人は、ものの三分としないうちに、目に大粒の涙を浮かべていた。それでも、目を伏せようとはせず、辛すぎる現実を睨みつけていた。
「お気持ち、お察しします。こんなものを見せて、大変ショックを与えてしまって、申し訳ないです。」
「謝らないでください。悪いのは、主人です。森田先生ではありません」
「南野君の席に奥さんの写真が飾られているんです。そこでの奥さんの笑顔は、本当に輝いていた。そんな笑顔を台無しにするような奴は、どうしても許せなかったんです。ああ、奥さんのような素敵な方がこんな目に合うなんて、私はどうしても、くっ…」
歯の浮く様な臭い芝居だったが、心に深い傷を負った夫人の胸には響いたらしい。(台詞から何から、例によって全て英玲奈の筋書きだった)
夫人は、すっかり森田に気を許してしまった。
「まだ、夫にこれを突きつける勇気が湧かないの。ねぇ、森田さん、私一人でいたら、気が狂ってしまいそう。あの人との間に生まれた子供たちまで、愛せなくなってしまいそうで…」
「私なら、いつでも駆け付けますよ。辛いときは、いつでも呼んでください。どうせ、受験には一切関係ない体育の授業なんぞ、自習になったって生徒達は気にもしませんから、はははは!」
****
南野聡美との経緯を赤裸々に(もちろん、都合の悪い悪だくみについては伏せているが)語る森田の言葉に、里穂は眩暈を覚えた。英玲奈の撒いた毒の種が、ここでも惡の華を咲かせようとしている。被害者は、自分だけでなかったのだ。
「聡美はこう見えて、二児の母なんだぜ?まだ下の子は生後五か月の乳児だっていうのに、昼間っから俺と痴漢プレイを楽しんでるんだ。信じられるかい?」
森田はパンパンに張った夫人の乳房を乱暴に揉んでいる。身体のラインがくっきりと浮かぶような、ニット素材のワンピースの下には、ブラをしていないのであろう、乳首がピンと浮かんでいた。その乳頭部分に、じわりじわりと染みが広がっている。森田の魔手により、母乳が噴出しているのだ。
「もう、やめてあげて、あんまりです、こんなところで、いやらしいこと…」
「はぁ?お前こそ、いやらしいことの専門家だろうが。お前だけには言われたくないよ。なあ、聡美」
夫人は、明らかに里穂に敵意の眼差しを向けて、頷いている。
「ああ、南野先生の奥様、騙されているんだわ。この男は、あなたの味方なんかじゃないの。目を覚まして!」
***
森田が本格的に夫人を攻め落としたのは、実はごく最近で、里穂が学園を放逐された直後のことだった。依然として、南野との間の関係を清算することを躊躇する夫人に、さらに衝撃的な事実を告げたのだった。
「本当に、残念なんですが…南野は、ついに生徒に手をだしました。どうやら、里穂に逃げられたことで、自棄になって受け持ちの生徒の一人を押し倒したところ、理事長に発見されて、取り押さえられたようです。あいつは、もうおしまいですよ。理事長に土下座をしてなんとか警察に突き出すことだけは免れたようですがね。悪いことは言いません、一刻も早く別れた方がいい」
南野が英玲奈を押し倒すその瞬間をとらえた画像が眼前に突きつけられると、夫人の中の夫を信じる気持ちがついに途切れてしまった。へなへなと座り込んだ夫人は、しばらく額を床に突っ伏していたが、やがて力なく立ちあがり、メモ用紙と鉛筆を取り出した。
もう、耐えられません。なんのことかは、お分かりでしょう。探さないでください
そんな置手紙を残して、夫人はついに家を出た。二人の子供も家に置いたままでだ。そのまま、森田は夫人をホテルへと連れ出した。英玲奈が用意した部屋で、奇しくも昨夜里穂が矢永に犯されたのと同じホテルだった。
ショックで正気を失った夫人の身体を慰めるのは、いとも容易かった。三日三晩、二人はお互いの身体を貪った。森田は、したたり落ちる母乳を吸い上げながらピストン運動をする快感に魅了された。
***
「家に帰った南野はびっくり仰天さ。それから、二人の子供を男でひとつで抱えるんだから、仕事どころじゃないだろ?それっきり、あいつは休職中。正義は勝つ、だな!はははは」
「なんてひどいことを…こんなこと、許されないわ!」
「何が酷いんだ?俺はちゃーんと聡美のお乳を絶やさないようにこうして毎日揉んだり、吸ったりして愛情たっぷり注いでいるぜ。あいつのほうでも、家庭をないがしろにしてた償いを今しているところだろ。あいつは妻が行方不明になったというのに、警察に捜索願いすらだしてないんだぞ。つまり、自分のやましいことが公になるのが怖いのさ。とんだクソ野郎だぜ」
森田がまくしたてると、その言葉に呼応するように、夫人の目にメラメラと怒りの炎が湧き上がってくるのが感じられた。最後には、その怒りは里穂に向けられた。
「でも、一番悪いのは、この女だわ。この女が、あの人を、おかしくさせたのよ!悔しい、悔しい!」
夫人は、今にも里穂に殴りかかろうとしているところを、森田に羽交い絞めにされた。
破廉恥な姿をした美女の二人の間の諍いは、車内のほぼすべての乗客の視線を一心に集めていた。里穂は、もういたたまれなくなって、電車が渋谷駅に到着するや否や、一目散に逃げだしてしまった。
