「ち、近寄らないでっ!」
 床に崩れ落ちたちづるは、右手で胸元を、左手で股間を覆った。
 デスクを挟んだ距離で眺められるのと、息が吹きかかるほど間近で見つめられるのとでは、羞恥の度合いがまるで違う。
「なんです?見ているだけじゃないですか。隠さないでください」
 しゃがみこみながら、粘っこい視線を浴びせてくる男をキッと睨めつける。
「その態度、関心しませんね。音楽が終わるまで、腰ふりダンス続けてくれなかったし、これじゃあ取引不成立ですよ?」
「ふざけないでっ!こんなことまでさせておいて、勝手なことを……」
「ま、もう一度チャンスをあげてもいいですよ。続けますか?」
 こうしてずるずると男の言いなりになっていれば、最後には……だが有効な反撃のカードを見つけられないまま、新たな要求が突き付けられた。
「おっぱい、吸わせてください。恥ずかしい話なんですけどね、ふふふ、赤ちゃんプレーが大好きでね。風俗店なんかに行くとね、必ずしてもらうんですよ。奥様みたいなデカパイをチューチューしながら、頭を撫でてもらったら、そりゃあもう感激しちゃいますよ」
開けっぴろげで、少しの照れも表さないリクエストに、ちづるは返す言葉を失っていた。
「ほら、ソファに座って」
 床に尻もちをついた女体を抱きかかえようとしてきたその手を、振り払った。
「触らないで!自分で、立てるから」
「おっ、いいんですね?ほんとにおっぱい吸わせてくれるんだ。やったぁ、ラッキーだなぁ」
「さ、さっさと、終わらせて……」
 乳房の外周に軽いキスが振りまかれた。時折、口元や顎のあたりの無精ひげが擦れて、思わず身体が固くなる。さらには、下から、その重量を確認するように両手で揉みこんでくる。赤ちゃんプレイ、などと言いながら、立派な大人の愛撫だった。
「じゃあ、いただきますよ」
「う、むぅぅぅっ……」
 大きな口を開けて、右の胸が咥えこまれた。強い吸引力が加えられ、外周部から徐々に、頂に向かって、津波のように押し寄せてくる。乾いてカサカサした唇の感触が、敏感なその乳首を掠めようとした瞬間、男の口が、スッと乳房から離れていった。
強烈な刺激に身構えて強張っていた人妻の総身が、思わぬ肩透かしを食らって脱力するのを、悪戯っぽい目で男が覗き込んだ。
「奥様、今、ちょっと期待しちゃいました?いやらしいママさんだなぁ」
「ば、バカなことをいわないでっ!」
「ほら、ダメですよ。かわいい赤ちゃんをそんな風に怒鳴りつける母親がどこにいますか。ほら、よしよししながら、おっぱい押し付けるようにして、吸わせてくださいよぉ」
「ほんとうに、気持ちの悪い男ね、あなたって……」
 ちづるは、有田の後頭部に手を添え、胸元へ引き寄せた。苛立ちと憤りに身を任せるようにして。
そんな気丈な所作が、自分の内奥から湧き上がってくる刺激への恐れや期待から目を背けたいという心理から出たものだと、すぐに思い知らされた。
「う、うっ……」
 先刻と同じように、強烈な唇の吸引がちづるを襲った。さらに今度は、男の舌先が乳輪の周りを這う。指先に、力が入った。
「ねぇ、おくさまぁ、気持ちいいのはわかるんですけどね、そんなに髪の毛強く引っ張られたら、僕ちゃん泣いちゃいますよ?やさしーく、なでなでしてくれまちぇんかぁ?」
「くっ、う、うるさい、黙って……」
 手に震えを感じる。きっと、乳頭はもう凝り固まっている。その先端に、唾液まみれの舌先が触れたら……想像するだけで、身体が強張る。なのに、この憎い男の頭を、優しく撫でないといけない。平然とそれをやってのけなければ、自分が性感に飲まれつつあることを、認めているようなものだ。
 ぎこちない手つきで、有田の頭を撫で始める。自分自身の気持ちを落ち着かせようとするように。
だがこの狡猾な『赤ん坊』は、すぐに牙を剝き出しにしてきた。尖った舌先で、固くなった乳頭を、根元からすくい上げるようにして舐めあげた。
ちづるの背筋が、ビクッと仰け反るのを見て、有田はにんまりと笑う。
「ねぇ、ママぁ、いまの、なぁにぃ?くくくっつ」
 ちづるは、返す言葉がなかった。どんな風に言い返しても、惨めになるだけだ。こんな最低な手段で、簡単に性感を炙り出されてしまった自分が、許せなかった。
「こっちはママがへんになっちゃいそうだから、ぼく、こんどあっちにいくね」
『赤ん坊』の唇は、ちづるの右胸から左胸に転じた。今度はもう焦らしもなにもなく、舌先での往復ビンタが浴びせられた。
「くっ、くぅぅうぅんっ……」
 右胸も、放置されることはなかった。既に唾液まみれにぬらついた突起を、左手で摘まみ上げられた。舌や唇の動きと連動しながら、人妻の理性を溶かそうとする。有田の髪の中に潜ったちづるの指先に、また力が入ってしまう。すると……
「い、痛いっ!」
「ママが、いたいことするから、ぼくもやりかえしただけだよぉ?」
「う、うぅぅ、わかったから、歯は……立てないで……」
 ちづるは、天を仰ぎ、そうして目を閉じた。手つきだけは、授乳する母のそれを真似た。だが、吐息は荒く、眉間に皺を寄せたそのメスの表情は、男の劣情を煽り立てる。そのことも、自覚できてはいなかったのだが。

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