「ふふ、ずいぶん焦らしますねぇ。ま、その方が長く楽しめて、いいですけどね」
有田は壮平のデスクチェアに踏ん反り、両足を机上に乗せた姿勢で、ちづるの姿を眺めている。
ブラウスのボタンを二つ外したところで、悔しさのせいか、恥ずかしさのせいか、手を震わせたちづるに対して、容赦のない嘲笑を浴びせてきた。
「元美人キャスターなのは、わかりますけどねぇ、もう四十路近いんでしょ?そんな出し惜しみするような齢でもないでしょうに。ペロっと出しちまいなさいよ」
「……あなたのこと、許さないから……」
ちづるは、怒りを勇気に変えるように、力任せにブラウスのボタンを外していった。ブラウスから、ライトブルーのブラがのぞいた。レースをあしらった清楚な雰囲気のデザインだ
「ふふ、なかなか気に入りましたよ。スケスケのエロっちい勝負下着が出てきたら、もっと面白かったんだけど。で、パンティもブラとお揃いですか?」
質問に答える気にはならない。答えたところで、それを晒さなくてすむわけでもないのだ。ニヤつく脅迫者と正面から対峙しながら、ちづるは黒いロングスカートのフックを外した。衣擦れの音とともに、生地は床に落下した。ストッキングの中のパンティは、シンプルなシームレスタイプで、ブラとは不揃いだった。壮平の逮捕以来、毎日が疲労困憊で下着のことになど、気を使っている余裕もなかったのだ。
「あーぁ、なんか恰好悪いですよぉ?上下はきっちり合わせておいてほしかったなぁ。だって、あれでしょう、僕とロマンティックな関係になることは全然想定していなかった、ってことだから、傷ついちゃうなぁ」
「……ばかばかしい、黙りなさいっ!」
眉間に深い皺を刻みながら、ちづるはストッキングを片足ずつ脱ぎ去っていった。
「いや、ふふ、よく見るとこういうのも案外悪くないですねぇ、なんというか、生活感があるというか、生々しくって」
ジロジロと舐めるような視線を這わされて、ちづるの肌は羞恥にほんのり赤みがさした。
「くくくっ、照れているんですか?かわいいですね、ますます奥様のことが好きになってしまいますよ」
「も、もう、これで終わりでいいでしょ」
「おや?ギブアップですか?ま、いいですよ。ゲームセット。最後にいいもの見せてもらいましたよ。それじゃ」
有田が手のひらで弄っていたUSBメモリを軽く宙に放ってそれをつかむと、立ち上がった。
「ま、待ちなさいっ」
ちづるの声は微かに震えていた。これでは、恥ずかしい下着姿を晒しただけで、何一つ勝ちとることができない。
「脱いだら、ほんとうに、それを置いて出ていきなさい。約束して」
「そのつもりですよ。でもあんまりもたもたしていると、気が変わっちゃうかもしれないから、早くしてくださいね?」
豹変したこの男は信用できないが、かといって夫婦の人生が破滅するに任せることなど、できなかった。
背中に回した手が震えて、ブラのフックを外すのに苦労する。組み合わさった金具の爪同士が離れる。ふっと胸の谷間に空気が流れこんできて、たまらなく不安になる。ワイヤーが支えてくれていた乳房の重みを急に自覚させられて、後戻りのかなわぬ窮地に追い込まれたという気になる。
「焦らし方がエロいですねぇ。ストリップ嬢みたいに上手じゃないですか」
「くっ……」
ブラはフックが外れ、肩紐も落ちた。踏ん切りがつかず、カップを両手で抑えてしまう。その仕草が、一層淫らに映ると知って、ちづるはようやく手を離した。
「ひゅーっ!こりゃあ服の上からみるよりずっと立派なオッパイだなぁ」
有田が、デスクから身を乗り出しながら、視線を胸元に浴びせかけてきた。
両手の位置をどこに持っていってよいか、わからなくなる。隠せば、また揶揄われるだろう。かといって、大人しく「気をつけ」の姿勢でいるのも、惨めだ。そんな所在なさを見透かしたかのように、有田は新たな要求を突き付けてきた。
「じゃ、そのまま両手で髪の毛をかき上げてみてくださいよ?セクシーな感じで、お願いしますよ」
尊厳を維持しようとするように、眼前の男をにらみつけながら、両手を艶やかな黒髪の中に差し入れていった。
「さっすが、カメラの前に立つ仕事してただけあって、表情にも力がありますねぇ。これが、議員夫人様のオッパイよ、ありがたく拝みなさい、って感じで」
「……少し、黙って。もう、さっさと終わりにさせて」
「そりゃあ失礼。早くおパンティも脱ぎたくてうずうずしていらっしゃるんですね。いいですよ、どうぞ脱いでください」
怒りに奥歯を嚙み締めたが、言葉は飲み込んだ。パンティ一枚の格好で抗議したり、叱責したりしても、惨めなだけではないか。
(石に、なるしかない。一秒も早く、終わらせるのよ……)
ちづるが、シームレスショーツの端に手をかけたとき、待ったが入った。
「ひとつリクエストがあるんですよ、ねぇいいでしょ?脱ぐときは、おしりをプリっとこっちに突き出して、くねくねしながら脱いでくださいよ」
「調子に、乗らないで。誰がそんなマネ」
「ダサいパンティじゃぁストリップが盛り上がらないんですよ。少しアクション乗せて味付けするくらい、いいじゃないですかぁ」
「くっ、馬鹿にしないでっ……」
「大澤先生へのいい土産話になるなぁ。高峰ちづるのパンティは、意外に庶民的だった、なんて話。盛り上がりそうだ!」
「や、やめてっ!するから……」
ちづるは有田に背をむけ、中腰の姿勢で尻を突き出した。男の顔がほころぶのが、気配だけで感じ取れる。
「うわっ、すっごい迫力。ムチムチして、肉厚で。むせ返りそうな色香とは奥様のおケツのことをいうんでしょうねぇ、はははっ」
フルバックのパンティは、少し窮屈で、尻の割れ目に食い込み、その豊かな曲線を強調していた。二十代の頃に比べて、尻に肉が付いた自覚はあった。それをことさら大げさに言われて、ちづるは顔面を真っ赤に紅潮させた。
「さて、脱ぎましょうか。じっくりお願いしますよ。あっさりやられたら、興ざめです。クネクネ、もじもじしながら脱いでもらわなきゃ承知しませんよ」
「くっ……」
その言葉は、呪いのようにちづるを絡めとった。思い切って生の尻や性器を曝け出す勇気が持てない。だが、逡巡するその所作が、憎むべき男を喜ばせてしまう。
「少し、音楽があったほうが気分出ます?ほら、こんなのどうです?」
有田のスマホから、唐突に九十年代のナンバーを流れた。カイリーミノーグがCan’t Get You Out Of My Headを歌いはじめた。
脱力感のあるリズムに乗せて、ちづるは、尻をくねらせ始めた。ぎこちないその動きも、どことなく緩慢な旋律と不思議に調和して、悩ましさを醸す。
「ふふ、体を動かして、大胆になってきましたね。その調子で、さ、そのおばさんっぽいパンティ、脱いでいきましょうか」
「ううっ……」
ベージュのショーツに手をかけた。一センチほどそれをずらしただけで、心細さが極まる。みじめで、悔しい。恥をさらす辛さは泣きたいほどだというのに、祝祭的な雰囲気のあるBGMのせいで、自分を悲劇のヒロインにすることすら許してくれない。
「ほら、いくらなんでも焦らしすぎですよ。曲が終わるまでには、素っ裸になってないと、ゲームオーバーですよ」
「えっ、そんな…待って……」
楽曲は、サビの部分のループに入っていた。ここからは、徐々にフェードアウトしていくのみだ。
(ああ、壮平さん、助けて……)
夫の顔を瞼の裏に浮かべながら、ちづるは、自らショーツをずり下げていった。秘めたる部分が外気にさらされて、思わず身震いした。
ふと、股間に風が通り抜けた。細く、まばらな絹草が、微かにそよいだ気がする。突き出した尻のもうほんの数センチの距離に、卑劣漢の顔面が迫っていることに気がついて、ちづるは小さく叫んだ。
三
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