幸運なことに、その日、橘社長は来客対応で出かけたきり、戻らなかった。当たり前だけど、総合商社の社長だけあって、暇ではないんだろう。おかげで私と優奈ちゃんはお互いの事情をすっかり打ち明けてしまった。私たちは、それぞれの事情を抱えて、ここに流れついたもの仲間。そんな風な意識が芽生えていた。彼女の方も、初めよりどこか心を開いてくれているように思える。
十八時になると、優奈ちゃんに促されて、帰宅の準備をした。私たちは、卑猥な衣装を抜いで、私服に戻った。ホッとしたように、大きなため息が出た。
社長室のフロアは、地下の駐車場へ直通のエレベーターがあったけれど、社長がいないとき、私たちはそれに乗ることは許されていない。階段で四十七階、秘書室のあるフロアまで降りて、そこから一般用のエレベーターに乗り込む必要がある。エレベーターホールで待つ間、優奈ちゃんはやけにソワソワして、落ち着かない様子だった。
「……あの、どうか、した?」
「…あとで、説明します」
エレベーターが1階まで降り切ると、優奈ちゃんは私の手を引いて、駆け出した。
「えっ、走るの?」
品川港南口のビル群を抜け、八ツ山通りに差し掛かったあたりで、優奈ちゃんはようやく駆け足を止めて、ゆっくりと歩きだした。
「すみません、ビックリさせてしまって」
「……はぁ、はぁ、いったい…どうしたの?」
「帰り道は、危ないんです」
優奈ちゃんは、表向きは秘書室に在籍していることになっているけれど、実態としては社長の情婦であることを知っている社員も少なからず存在しているという。優奈ちゃんは、そうした社員に帰り道で絡まれて、無理やり飲みに誘われたり、断るとどさくさ紛れに身体を触られたりという目に、これまで何度もあったという。彼女は、社長室の外でさえも、常に身体を狙われている。なんてことだろう。
ふと、自分も同じ立場であることに気づかされて、はっとした。私の方こそ、ここ数日はフロアで過激な衣装を纏っているところをたくさんの社員に見られている。そんな私が、急に社長室に出入りするとなれば、下世話な想像を搔き立てないはずがない。
私が、暗い顔をしていると、申し訳なさそうに、優奈ちゃんが切り出した。
「ほんとに言いづらいんですけど、お家のほうは、もっとショックかもしれません」
私はこれから優奈ちゃんの自宅に寝泊まりすることになる。そういえば、会社の寮だと言ってた。
北斗物産の単身者寮は、北品川駅から徒歩五分くらいの位置あった。十階建てくらいの、立派な建物でよく手入れの行き届いている感じはする。
「あの、ショック、っていうのは、どういう意味で?」
「……ここ、男性しかいないんです。女性は、私一人で」
そういうことか。それに単身寮ということは、独身か、単身赴任者。男ばかりの寮で、優奈ちゃんのような美少女が一人暮らしているとあれば、好奇の目線を集めるに決まってる。ものすごく、居心地が悪いだろう。
建物に入ると、優奈ちゃんはエレベーターではなく、階段の方へ向かった。
「ごめんなさい、六階ですけど、歩きます。エレベーターは…逃げ場がないので」
私は、頷いた。口に出して尋ねることはしなかったけれど、彼女はここでも、きっとたくさんイヤな目にあっているんだろう。悪戯されたり、卑猥な言葉を投げつけられたり。想像するだけで、胸が苦しくなってきた。
優奈ちゃんの部屋は六三0号室。六階の一番角部屋だった。ドアノブに彼女の手がかかった。
「狭いんですけど、どうぞ」
ガチャっという音とともに扉が開かれた。
…何だろうこの、違和感。何かが、おかしかった。部屋の中に入って、玄関で靴を脱いで、私はやっと気がついた。
「あの、今…鍵って、開けたっけ?」
「鍵は…その、二週間くらい前に、悪戯かなにかで、壊されてて…。それから、直してもらえてないんです」
男子寮で生活させられている美少女の部屋に、鍵がかからない。そんなことが、許されるのか。おかしすぎる。
「えっ?えっ??でも、管理人さんは、いるよね?修理お願いした方が…」
「あの人に、頼み事なんて、したくないんです!」
優奈ちゃんは、遮るように、小さく叫んだ。
管理人は、前田という中年男性。優奈ちゃんが、北斗物産に入社して間もない頃、社長や秘書の鈴原からの責苦に耐えかねて、出社拒否をした時のこと。管理人の前田は、鈴原に焚付けられ、優奈ちゃんの部屋に乱入し、躾だといって彼女をレイプしたのだという…。
私は、眩暈を覚えた。彼女が置かれている状況の惨さに。当時の記憶が蘇ってしまったのか、彼女は玄関で肩を震わせながら、顔を覆ってすすり泣いている。
「ごめん、ごめんね、辛いこと、思い出させちゃって。でも、とにかく、今は私がいるから、大丈夫!ねぇ、この机動かして、扉塞いでしまうのはどうかな、その方が、寝るときも安心できるし」
どうにかして、この可憐な少女を勇気づけたくて、私は空元気を振り絞った。二人で、重いデスクを動かして、ドアの前にドスンと置いてしまうと、やっと二人だけの、安全地帯に逃げ込んだ、そんな気分になった。
優奈ちゃんは、私の胸元に抱きついてきた。張り詰めた気持ちが途切れてしまったのだろうか、彼女の泣き声は、啜り泣きから、赤ん坊のそれに変わっていた。えーん、えーんと泣き叫びながら、目や頬を私のブラウスに擦りつけている。
「私、ずっと、ずっと、怖かったんです…」
保護を求めるように、彼女は私に対して強く身体を押し付けてくるので、私はジリジリと後退して、最後にはベッドに、仰向けに倒れこんだ。
優奈ちゃんの手が、私のブラウスのボタンにかかった。その所作がとても自然だったので、気付いた時には、もうブラが飛び出していた。
「えっ、優奈ちゃん、何を」
「触りたいんです、ダメですか?」
「でも、えっと…あんっ」
胸の谷間に、優奈ちゃんが顔を押し付けてきた。涙に濡れた熱い頬を、ブラからはみ出した乳の上の方に擦り付けられて、ボーっとしてきた。私、感じている?この子に触られて??