「そんな、たったの一時間ですか……あの、そこをなんとか……」
入院病棟を訪ねた弥穂は、看護師から面会に関する諸注意を聞かされた。面会時間は厳密に一時間以内と定められている。制限時間の五分前には声掛けに行くので、その時までには退室の準備をしておくように、と警告された。新型ウィルス感染者とは病棟が完全に分かれているとはいうものの、外からウィルスが持ち込まれることへの警戒感からか、病院内は緊迫した空気が張り詰めている。
規則は理解できるものの、弥穂はどうしても諦めきれない。約一か月近く別離を強いられ、幾多の屈辱に耐えてようやくたどり着いたというのに、夫と居られる時間はたったの一時間では、あまりに短すぎる。なんとか事情を考慮してもらおうと、口を開いたが、看護師の瞳の奥に、冷たい光を見て取ると、弥穂は二の句が継げなかった。非常識な露出ファッションのせいか、あるいは、淫液をたっぷり含んだマスクが牡の匂いを放っているせいなのかもしれない。同性の看護師から向けられる軽蔑の眼差しに、弥穂は胸が張り裂けそうな思いだった。
「俺は、ここで少し仕事の用事があるから、お前ひとりで行って来い」
病院に到着した後も、下村は車を降りようとはせず、ノートパソコンを開いて何やら作業を始めた。弥穂は、夫と二人きりになれると分かると、安堵のため息を漏らした。
病棟内の廊下を、零士の待つ病室に向かって歩きながら、別れ際に下村から投げかけられた不吉な言葉が思い出された。
「手短に済ませろよ。あんまり遅いと、ふふふ、様子を見に行くからな」
歩みを進める度に、跳ねまわる乳房に、すれ違う入院患者の視線が注がれる。ニップレス代わりのガムテープは奪われたままなので、おそらく乳頭の尖りはカーディガンの布地を浅ましく押し上げているだろうが、弥穂は恐ろしくてそれを直視することができなかった。
零士のいる病室は、六人部屋で全床が埋まっていた。病院施設の半分を新型ウィルス専用の隔離病棟に充てている分、該当患者以外は、狭いスペースに押し込められる形になっていた。院内感染防止のため、病床同士の間は分厚い、特殊なカーテンで仕切られていたので、他の入院患者の様子はよく分からない。
震える手でカーテンを開き、夫の病床のある狭苦しいスペースに身を寄せる。約一か月ぶりに再開する夫の頬はこけ、やつれ果て、眼はなんとか開いてはいるが、どこか焦点が定まらないようで、鈍く濁った光を放っていた。
「み、弥穂か……きて、くれたんだな。ごめん、ごめんな……」
「零士さん、ああ、会いたかったわ!」
弥穂は、零士のやせこけた手を握りしめた。本当は夫を抱き寄せ、口づけを交わしたかった。だが、入院患者との過度の接触は禁じられていたし、なによりマスクや頭髪から、牡の性臭が漂っている。触れ合うことが許されないじれったさから、零士の手を握る両手にぎゅっと力が入る。夫婦は、言葉もなく、たださめざめと涙を流した。
(零士さんの前で、全て打ち明けよう。店のことも全て投げ出して、どこか知らない街に逃げてしまえばいいのよ)
そんな風に漠然と考えていたが、弱り切った夫の姿を前に、決意はあえなく押し流された。今の零士に、現実を突きつけることなど、とても考えられなかった。弥穂は、零士を安心させたいばかりに、つい嘘を重ねてしまう。店は閉まっているが、自分がパートをしているので、家賃や借金の返済は問題ない、下村が追加の融資をしてくれたので当面は凌げる、などと言うと、零士はただ虚ろな瞳を泳がせながら、「ああ、そうか、ありがとう」とうわ言のように繰り返すばかりだった。
看護師の話によると、零士が搬送された際は、極度の栄養失調だったらしい。以前の元気だった頃の姿とは比べるべくもないが、これでも点滴で少し状態は良くなっているという。新型ウィルスに対して若干の予防効果があるとされている薬を投与されているのだが、その副作用で、極度の倦怠感、睡魔で視界や意識がぼんやりとするのだという。夫との間でまともな会話が成立しないのは弥穂にとって悲しむべきことだったが、そのおかげで破廉恥なファッションに気がつかれることがなかったのは不幸中の幸いだった。弥穂の手が、零士の肩や頬、頭を優しく撫でさすっていると、安心したようで零士はいつの間にか眠りに落ちていった。
「ちっ、狭苦しいところだぜ。弥穂、もう行くぞ」
背後に下村の声が聞こえる。弥穂は悲壮な表情を浮かべ、しかし消え入るほど小さな声で抗議する。
「ま、まだ三十分も経っていません、そ、外で待っていてください……」
下村は訴えも無視して、弥穂を背後から抱きすくめた。両手が、カーディガンの下に潜りこみ、柔乳を乱暴に揉み解しにかかる。
「お願い!主人が、主人の前で、いけません、こんな、むむぅ……」
下村の手が弥穂の口を覆う。悪魔の言葉が弥穂の耳に囁かれる。
「静かにしてないと、こいつが起きちまうぞ。俺はどっちだっていいけどな。起きたら弥穂と俺との関係、白状するしかねぇなあ」
下村の脅し文句に、弥穂は血の気が引いた。この男は、悪事が露見することを全く恐れていない。むしろ、夫婦の関係を破綻させることを望んですらいるのだ。弥穂はただ、声を押し殺していることしかできなかった。
「くくく、そうか。こいつの前で俺に抱かれる覚悟ができたんだな」
下村の手が、カーディガンのボタンにかかる。勿体ぶった手つきでパチン、パチンとボタンが外されると、ふわりと開いた布地の間から、豊満な乳房の全貌が現れた。さらに、魔手はマイクロミニのスカートを乱暴に捲り上げた。超タイトなそのスカートは、一度たくし上げられると、そのまま腰のあたりに留まったので、ついには下半身の全てが丸出しになってしまった。
無防備な裸身を、下村の魔手が這う。乳首の尖りを中指と親指の腹で摘まみ、扱きあげる。あるいは、ぷっくりと膨らんだ肉芽を中指でピーンと弾く。瞬く間に、弥穂の桜色の肌は上気し、赤みが差し始める。吐息も、甘く、乱れてくる。
「呆れたよ。零士の前だっていうのに、すっかり気分だしやがって」
「うぅぅ、もう、止めて……」
「こいつの前で俺に突かれて、イってみろよ。そしたらお前も踏ん切りがつくだろう」
「だめ、挿れないで、挿れちゃいや!」
立ちバックの姿勢で、下村の肉刀が、ずぶりと弥穂を貫いた。弾力性に充ちた淫肉は、たっぷりとした湿り気で下村を迎えてしまう。鋼鉄の感触が膣内を走る。昨日から何度も突かれたせいか、挿入はこれまでになくスムーズだ。まるで、自らの女の肉が、下村の男性器で模られてしまったかのような錯覚を覚え、弥穂は当惑した。
ゆっくりと、もったいぶるような長いストロークで、下村は腰を打ち付けてきた。男女の腰がぶつかる衝撃が、夫に伝わることが恐ろしく、弥穂は握りしめていた零士の手をそっと放さざるを得なかった。支えを失った手は、あてもなく、ベッドのシーツを、固く握りしめている。
「ふふ、ほんとうに俺たち身体の相性がいいよな。いつまでもこうしていたくなるよ」
下村は、スローペースな抜き差しを延々と繰り返す。一突きごとに、弥穂の媚肉は焼けつくような快美感に踊った。ペニスの抜き差しがほんの少しでも加速すれば、たちまち昇りつめそうなそんな予感が、弥穂の全身を覆っている。(ああ、だめ、こんなまま続けられたら……)
弱火で焙られるようなじれったさに身悶えているうちに、時計の針は回り続けている。気づけば、制限時間まで、残すところもう十五分しか残っていない。五分前には看護師が見回りにくると言っていた。首を後ろに捻りながら、弥穂は必死の形相で懇願した。
「ねぇ、もう、終わりにして、お願いだから。別の場所で、うう、抱かれますから」
「抱かれますから?なんだそりゃ。お前、立場分かってないな」
意地悪く言いながら、下村は弥穂の左右の乳首を力任せに捻りあげた。
「あ、ぃぃぃぃっ、ご、ごめんなさい。あの……別の場所で、え、エッチがしたいです。ですからも、ここでは、もう、終わりにしてください……」
血を吐く様な思いで懇願したが、それも虚しく、下村は結合を解こうとはしない。
「ふぅ、少し疲れたな。俺はすこし休むから、今度は弥穂、お前が動けよ。言っとくけど、俺はこのまま中で出すまで、終わらせる気はないからな。腹くくって、せいぜい腰を振れよ、ははははっ!」
下村は、弥穂を貫いたまま、ベッドの脇に置かれた丸椅子に尻を乗せた。背面坐位の姿勢で交わりながら、弥穂にピストン運動を強制した。(ああ、零士さんの前で、私……)
無理やり男から突かれるのとは異なり、自分から尻を振り立てるのは、背徳感の点で雲泥の差があった。昏睡状態の零士の前で、下村の肉棒との接触に耽溺している。その姿が、うっすらと窓ガラスに映っているのが目に入ると、弥穂は軽い眩暈を覚えた。いっそ、このまま気を失ってしまいたかった。だが、意識は、下村の剛直に抉られる自分の膣粘膜に集中し、冴えわたっている。ジュブ、ジュブ、ジュルジュル、というはしたない音色が病室内に木霊する。
「ほら、もっと本気で腰振らないと、フィニッシュできないぜ」
「ああん、でも……」
このまま、本意気の抜き差しをすれば、爛れ切った自分の媚肉はもう持たないだろう。下村を射精に導く前に、自らが達してしまう。夫が眠る、そのすぐ横で……。
「イケよ、ほら、遠慮すんな。おもいっきり腰振れよ、早く」
「辛いわ、こんなことをさせて……ひどすぎます」
「ひどいのはどっちだよ。夫の前でイキそうになってる癖に」
「ああ、言わないで、そんなこと」
「イケって。お前が派手に気をやったら、俺も出してやるから」
「し、信じていいんですか、本当に?」
弥穂は、一心不乱に腰を上下に動かした。パン、パンっと肉同士のぶつかる音が抑えようもなく響く。押し殺してはいるものの、どうしても微かな嬌声が零れてしまう。カーテンで区切られた狭い空間で弥穂と下村は互いを抱き寄せ合い、互いの性器を貪るように擦り合わせながら、高みへと昇りつめていった。
「私、も、もう、限界です……い、イキます、イク、イッっちゃう……、し、下村さんも、は、早くっ……」
「ああ、出すぞ、ほら、一番奥に、うぉぉぉ、出るっ!」