即時採用が決まった弥穂だったが、ポジションはほとんど見習い同然で、月収は二十万にも満たない。足元を見られたのだろう。だが、贅沢は言っている場合ではない。小規模な美容室はどこもほとんど集客できておらず、『アズール』のような大型店に、客足は集中していた。今は、ここが自分のスキルを活かせるほとんど唯一の場所なのだ。
(大丈夫、今だけよ。ここで働いて、感染対策のノウハウもしっかり学んだら、私たちのお店にも活かせるじゃない。文句言ってる場合じゃないわ)
弥穂は、自分に言い聞かせ、雑用でもなんでも積極的に取り組んだ。華々しい経歴がある経験者にも関わらず、低姿勢でひたむきに打ち込む弥穂の姿は、他のスタッフからも好意的に捉えられた。親しい同僚もでき、二週間ほどすると、どうにかここでやっていけそうだ、そう思えるようになった。
だが、そうした穏やかな日々は、長く続かなかった。退勤前に翌日の店の予約状況を何気なく確認していると、そこに自分宛の指名が入っていることに気づいた。新入りの弥穂に指名客が入るのは、考えにくかった。
(何かの間違いかしら?)そう思って、予約客の情報を見ると、そこに、「鷹藤」の二文字が目に飛び込んできた。あの卑劣漢に、職場を知られてしまった。いや、それだけではない、明日、あの男を客として迎えないといけないのだ。急激に、心拍数が上がる。
居ても立っても居られず、弥穂は自宅へ帰る道すがら、鷹藤の携帯電話を鳴らした。
「おお、弥穂か、明日はよろしくな」
「……どういうつもりなんですか?返済は、夫の給与からしているはずですが」
「誤解すんなよ。なに、取り立てに行くつもりじゃない。むしろ逆だ。頑張ってる弥穂を応援したいだけさ。それに、弥穂の方だって、俺に会いたくなるころだろ。デカマラが忘れられないんじゃないか?ははは」
馴れ馴れしく名前を呼び捨てで連呼される不快感を、弥穂は沈黙の抗議で現した。だが、鷹藤の台詞は一部図星だった。あれから、凶暴に脈打つ鷹藤のペニスが不意にフラッシュバックして、背筋にゾクゾクとした悪寒が走ることが度々あった。それほど鷹藤の肉刀の凶暴さが弥穂の心の深い部分を捉えていたのだ。
「お店で、乱暴なことをされたら、困ります。お願いですから、変なことは……」
「もちろんさ。可愛い弥穂に乱暴なんてするわけないだろ。その代わり、せっかく指名してやったんだからよぉ、濃厚接触サービスで頼むぜ、はははは!」
鷹藤の軽口に呼応するように、周囲に笑い声が聞こえた。どうやら電話口に何人かの男がいるようだ。鷹藤の舎弟たちだろうか?自分が複数の男達の嘲笑の対象となっていると分かり、弥穂は怒りに奥歯をきつく噛みしめた。
それに、鷹藤の台詞から、店で何かしら卑猥な行為を要求されることは、明らかだった。弥穂は不安で呼吸が詰まるような夜を過ごすことになった。
翌日の午後。鷹藤は、『アズール』の一番奥に位置するスタイリングチェアにふんぞり返っていた。カットスペースは、客同士の感染確率を極小化するため、パーテーションで区切られた半個室状態だった。それは、他の客や同僚からの視線を遮ってくれているのだが、逆にこの外道が狼藉を働くのに好都合な状況ともいえる。
「おいおい、弥穂、水臭いじゃないか。マスクとゴム手袋だなんてよぉ」
「……規則ですから」
弥穂は、努めて感情を押し殺しながら言う。気丈さを保って、この男と対峙する、そう決心を固めていた。(とにかく、弱みを見せたら負けなのよ)
だが、そんな決心もあっさり突き崩すようなカードを鷹藤が切ってきた。
「ほら、この前の記念写真だ。よく撮れてるよなぁ、このうっとりした表情が」
鷹藤が突きつけてきたスマートフォンの画面が視界に飛び込んでくる。中には、大量の白濁液を含んだまま口を開かされている自らの顔面のドアップだった。「イヤ!」と小さな叫び声をあげる弥穂を尻目に、鷹藤がスマホをスワイプする。今度は、苦しそうに眉根を寄せながら口を大きく開けて巨大な肉茎を頬張る姿や、後ろ手に縛られてブラを丸出しにしているバストショットまで出てきた。いつの間に撮られたのだろう、まったく気づいていなかった。
「あんまりよく撮れてるんで、さっきそこの写真屋でプリントしてきたんだよ。ほら、百枚はあるぞ。これを、うっかりこの店の前で落としたりしたらどうなるだろうな?」
「やめて!そんなこと、絶対に……」
「あ、そうだ、俺の部下も同じ写真を持ってるんだ。お前ら夫婦の店の入り口に飾っておくように言ってやろうか?フェラ上手の若妻のいる店か、いい宣伝になるぞ、がはははは!」
「大きな声を出さないでください……」
ジョークとも脅しともつかない鷹藤の台詞に、弥穂は心底動揺させられていた。こうなると、もうこの男のペースだ。
「意地を張って反抗すると、後悔することになる。俺の機嫌を損ねないように、いつも従順でいればいいんだよ、分かったな」
「……わかりましたから、もう……」
「よし、じゃあ、そのマスクも手袋も取れ。そうだ、ついでにブラも取っちまえよ」
「何ですって!そんな無茶なこと、絶対に無理で……」
抵抗を遮るように、鷹藤が手にした百枚の写真を、パッと宙に放り投げた。ひらひらと、弥穂のあられもない姿が、舞った。床や鏡台の上に、人目に触れてほしくない写真が散乱した。
「大きな声出すなって言ってたのはどっちだ?いいんだぜ、そんなにフェラ顔を他の奴らに見せつけたいんなら」
「ああ、もう、言うとおりにしますから、許して……」
結局、弥穂は鷹藤の要求を全て呑まされた。背中に手を伸ばし、ホックを外すとニットセータの中に手を入れて、肩紐を外す。震える手つきで、恐る恐る身体からブラジャーを引きはがしていく。セーターの裾からブラが現れるやいなや、鷹藤は乱暴にそれを奪い去った。
「へへ、可愛いの着けてるじゃないか」
ボタニカル柄のプリントがあしらわれたその下着は、実は零士からの誕生日プレゼントだった。鷹藤と対峙するにあたり、夫との思い出を心の支えにしたいという気持ちからだろうか、無意識に選んでいたのだが、今や弥穂はその選択を激しく後悔していた。
悔しさに身体が震える。少し身じろぎするだけで、セーターの中で水風船のような柔らな肉丘が弾む様を、鷹藤が血走った目で凝視している。その刺すような視線が弥穂の羞恥を焦がした。
「さ、そろそろ初めてくれよ。ああ、そうだ、髪はあまり切らなくていいから、その分シャンプーとスタイリングをしっかりやってくれ」
弥穂は、シャンプースペースへ鷹藤を誘導した。歩く度に大きく弾む双乳を同僚や他の客に見られはしないかと、不安だったが、店では客同士の接触を避け、シャンプーエリアの利用は一名ずつと決まっていたので、幸い誰とも鉢合わせになることはなかった。
「おい、言っとくけどなぁ、俺の顔面にタオルを被せたりするんじゃないぞ」
鷹藤は、シャンプーをしてもらっているあいだ、弥穂の巨乳を真下から見上げようというのだ。弥穂は、拒絶することも出来ず、恐る恐るシャンプーを始めた。
「おぅおぅ、プルプル揺らせやがって、たまらん景色だなぁこれは」
「も、もぅ、言わないで……」
指を鷹藤の髪の中に忍ばせ、ゴシゴシと洗うのだから、胸を揺らさないわけにはいかない。冷やかされて、手の動きが弱まると、すかさず叱責が飛んでくる。
「ほら、もっと腰を入れて、気合入れてやらねぇか!」男の腕が伸びてきて、腰のあたりを引き寄せる。すると、弥穂の巨乳は、もう鷹藤の鼻先に触れんかというほど近い。弥穂はイヤな予感で、背中に悪寒が走るのを感じた。すると、出し抜けに、鷹藤の舌先が、セーター越しに胸を突く感触があった。
「キャっ……」
押し殺したような悲鳴を愉しむように、またさらに敏感な核を探しまわるように、鷹藤はせわしなく舌を暴れさせる。やがて、それが乳頭の位置を正確に探り当てると、弥穂はか細い声で許しを請うた。
「お願いです、もう、これ以上はしないで……」
「バカ野郎、これがしたくてここに来てるんだ。ほら、デカパイ揉ませろよ」
鷹藤はもはや何の遠慮もなく、両の手で肉丘をむんずと鷲掴みにしたり、布越しに乳頭を転がしたりして、それが次第にぷっくりと膨らんでくる様子を、堪能している。
大声を出して助けを呼びたくなるのを、弥穂は必死で耐え忍んだ。それをあざ笑うかのように、鷹藤の両手が、ついにはセーターの裾の下から中へと侵入してきた。
「も、もういい加減に、してくっ……あぁっ」
抵抗を封じるように、鷹藤が両手の中指と親指で、弥穂の乳首を摘まみ、そのまま抓りあげた。(そんな風にされたら……声が、出ちゃう)
思わず、弥穂はお湯で濡れたままの左手で自分の口を塞いでしまう。
「おら、サービスがなってないぞ」
すかさず鷹藤は舌打ちとともに、摘まみ上げた弥穂の乳首を手前に引っ張り、施術の続行を強制してきた。
「本当にっ、くっくぅぅ、もう、許してください、これ以上は……」
「これ以上はどうなんだ、ええ?」
時に痛みを伴う刺激を交えながらも、鷹藤の手技は巧みに弥穂の性感をくすぐってきたので、弥穂はもう顔を真っ赤に上気させている。身体に妙な熱が帯び始めているのを、自覚しないではいられない。
「……これ以上されては、こ、声が、出てしまいます……」
「ほう、感じて、いい声が出そうってことか?そうなのか?」
「……そ、そうです、認めますからもうこれくらいにしてください……」
弥穂は屈服の台詞を吐いてようやく鷹藤の魔手から解放された。
再び半個室のカットスペースへと戻ってきた。ドライヤーを当てている間にも、鷹藤のセクハラ行為は益々増長するばかりだ。
プルンプルンと揺れる胸をまさぐったかと思うと、サテン地の白いタイトパンツの、内腿部分をつーっと撫であがる。握り拳の中指にハメられた大きな宝石でグリグリと下腹部を押されると、洋服越しでも妖しい感覚が広がってしまう。
もし、ブラに続いてパンティまで脱衣を求められたら、と想像すると、脇にイヤな汗が滲む。もし、いま自分が下着を濡らしていて、それがこの男に知れたら……憎むべき男の愛撫だというのに、背筋にゾクゾクという快感の予兆のような痺れが走るのだ。
弥穂がハサミを手に取ると、鷹藤はボディタッチを止めたが、代りに言葉嬲りに興じた。
「おいおい、目がトロんとしてきたんじゃないか?」
「そ、そんなこと……」
「鏡見てみろよ、発情しきった牝犬の顔だな、こりゃ。旦那とヤル時はいつもそんな顔してるのか?」
「し、知りません。もう、やめてください」
取繕うように言うが、鷹藤の指摘が図星であることは、鏡を見なくても分かった。鼓動の高鳴りと、火照った顔から放たれる熱、そして花奥に充満するむず痒いような疼き。ノーブラの乳首をねちっこく弄られたことで、若妻の内奥に淫らな快楽の種が撒かれ、それがムクムクと邪悪な芽を出そうとしているのだった。
「なぁ弥穂、意地張らないで、俺の女にならないか?俺と腰が抜けるほどハメまくれば、甲斐性なしの旦那のことなんて忘れられるぜ。借金の件だって、大目に見てやってもいい。当然、旦那とは離婚してもらうがな。旦那だって、地獄みたいな現場から解放されるんだ、わるい話じゃないだろ?」
「……ありえません。お金は、ちゃんと返しますから、もう、こんな嫌がらせはやめてください!」
「そうかい、残念だよ。だが、俺は諦めないぜ。この魔羅を見ろよ。お前が恋しくて、こんなになってるんだよ。ほら」
鷹藤は、散髪用ケープの中で、いつの間にか、スラックスを下着ごとずり下げていた。ケープをガバっと持ち上げると、凶悪な肉茎を弥穂に向けて誇示した。
「ひっ、何を……。早く、それ、しまってくださいっ」
「ふん、イヤだね。お前の舌や唇の味をすっかり覚えちまってるからよぉ。お前が傍にいるだけでもう収まりがつかないんだよ」
「人に見られたら、とんでもないことになりますからっ!お願いです……」
「そうだよなぁ、見つかったら俺言うぜ。お前が金に困ってて、お小遣い目的でエロいサービスを提案してきたってなぁ。その証拠に、ブラもプレゼントしてもらったって言ったら、信じてもらえるんじゃないか?」
「な、なんて卑怯な……」
「とにかく、このままの状況で困るのは俺じゃなくて、弥穂、お前なんだよ。ビンビンに勃起した魔羅、どうやって腫れを収めればいいか、もう分かるだろう?」
「こ、ここでは、無理です……」
「じゃあ、今から仕事バックレてホテルに行くか?おれはそれでもいいぜ」
「うぅぅ、そんなこと、出来るわけないじゃないですか……」
やっとの思いで手にした職場を放棄することなどできるはずがない。いや、それ以上にホテルで二人きりになどなろうものなら、手や口での奉仕だけで済むはずがない。貞操すら奪われるのは目に見えているではないか。
(でも、このままじゃ、いずれ……)
半個室とはいえ、人の往来がないわけではない。「指名無し客」の割り振りなどもあるので、シフトのリーダーが時折各ブースの施術の進捗を覗きに来ることもある。こうしている間にも、その時が迫ってきているのだ。鷹藤は、腕組みして、天を突く怒張を隠そうともしない。
「とにかく、一発抜いてくれりゃぁ、今日のところは退散してやってもいいって言ってるんだ。グズグズしてたら後悔するぜ」
弥穂は、羞恥と憤りの入り混じった感情を顔一面に湛えて、鷹藤のペニスに両手を添えた。
(早く、出してよ……)
とにかく一秒でも早くこの卑劣漢を射精に導こうと、弥穂は両手で激しく怒張を扱き上げている。指定されているわけではないので、口や舌は使わずに済ませたいが、どうにも射精に至る気配が感じられない。
「くく、全然下手くそだな、手コキは。口を使った方がいいんじゃないか?もしくは、下の口でも大歓迎だぜ?」
「ぜ、絶対にイヤです、そんなこと……」
「お前の愛撫には、助走ってもんがないんだ。玉袋を優しく揉みこんだり、裏筋をさすったりして、男の期待を高めていかないとなぁ。ふふ、大サービスだ。これを使ってみろよ」
鷹藤は、弥穂の眼前に、ガラスの小瓶を突きつけた。ラベルの記載から見るに、マッサージ用のアロマオイルのようだ。どうやら、これを使って奉仕することを求められているらしい。美容師の自分が、いかがわしい風俗店の真似事をさせられようしている。弥穂は、泣きたい衝動に駆られたが、とにかく男をフィニッシュさせないかぎり、この苦境からは脱することができない。
決然と小瓶の蓋を空け、オイルを手の平に垂らす。ひんやりとした感触が伝わる。
「冷たいまま塗るんじゃないぞ。手のひらでスリスリして、人肌の温度にしてからだ。これは基本だからな」
男の厚かましい要求に、嫌悪感を抱きながらも、命じられるがままオイルを温めて、ヌルヌルとテカったそれを怒張にまぶしていく。潤滑油を纏った若妻の手つきは、先ほどとは打って変わって繊細なものに変わった。怒張の上を滑る指や手の平との摩擦は、たまらなく甘美で、鷹藤の方もすぐに反応を示しはじめた。
「おぅ、ぐっと良くなったよ。お前、髪を切るよりエロマッサージ屋の方が向いてるじゃないか、う、うほぉ」
(言わせておけばいいのよ。とにかく、早くこのまま……)
今や自分の手技に昂ぶりを隠しきれない鷹藤のペニスを、弥穂は一気に扱きたてた。潤滑油の間を、肉茎が泳ぐ。クチュ、クチュとまるでラブジュースを連想させるような淫猥な音色を立てながら、弥穂のか細い指が、しかし適度な圧力をもって鷹藤の分身を握りしめる。その感触といい、ぬくもりといい、膣内に滞在しているような錯覚を抱いてしまう。
「む、むぅ、や、やるじゃねぇか、その調子だよ。おお、マジで、お前、これはいい売り物になるぜ、くぅぅ、チクショウ、出るぞ、ぅぉぉぉぉ」
「き、きゃぁ!」
鷹藤自身、吹っ切れたように責めに転じた弥穂の手技に不意を突かれ、あっというまに精液が不可逆地点を通り越してしまった。弥穂は、タオルで銃口を押さえる余裕すらなく、弧を描いて噴出した精液を顔面と、一部は前髪に浴びてしまった。
「へへへ、俺としたことが、粗相しちまったな」
「うぅ、ひどい」
頭髪についた精液を拭うのは、厄介だ。嫌悪感を剥き出しにしながら、弥穂がタオルでそれを拭っていると、鷹藤が喝を入れる。
「コラ、まずはお客様の手当てだろうが!」
鷹藤の剣幕に気圧されて、弥穂は大急ぎでシャンプースペースへ駆け込み、蒸しタオルを持ってこさせられた。鷹藤の茎胴や睾丸にまぶされたアロマオイルや、銃口から零れ出た精液を清めていく。
「おお、これはたまらないなぁ、本当にリラックスできるよ、いつまでもこうしていたくなるぜ」
鷹藤は、事を終えた一物をしまおうともせずに、ふんぞり返ったままだ。弥穂が事後処理に追われているうちに、前髪にこびりついた白濁が、そのまま乾燥し、凝固していく。惨めさのあまり泣き出したくなるのを、弥穂は何とか堪えていた。
「……あの、もうそろそろ次のお客様が、いらっしゃいますので、今日は、どうか……」
「ちっ、興ざめするようなことを言うなよな。まあいい、また近いうちに来てやるからよ。その時は、きっちり舌も使ってもらうぜ。ほら、これ、チップだよ。ありがたく受け取れや」
鷹藤は、乱暴に弥穂のタイトパンツの腰の部分を引っ張ると、下腹部に千円札を三枚ほどねじ込んだ。
「……本日は、ご来店ありがとうございました。初回のご来店ですので、会員カードをお渡しします。そ、それと、ご紹介キャンペーンというものがございまして……」
カットやブローといった施術だけではなく、レジでの会計やキャンペーンの説明等もひっくるめて新入りの弥穂の仕事だ。前髪に付着した精液をまともに拭うことも許されなかったため、周りのスタッフに気づかれやしないかと、内心気が気でなく、思わず声が上ずってしまう。
新規の客を紹介で来店に至った場合は、紹介した側、された側双方に割引がある。型通りの案内をするだけなのだが、弥穂は、言葉に詰まった。悪い予感がしたのだ。
「うん?それで、どういうキャンペーンなのかね?」
「あ、あの、どなたか、お知り合いを当店へご紹介いただけますと、割引がございまして……」
「そりゃあいい!どんどんうちの若い奴らも連れてくるよ。全部、弥穂の指名でね」
「……あ、ありがとうございます。こ、こちらが、招待券になります」
大声を張る鷹藤を前に、いたたまれなくなった弥穂は、語尾が消え入るほどか細くなってしまう。鷹藤は、去り際に弥穂にだけ聞こえるような囁き声で言った。
「明日から、忙しくなるぞ。毎日俺の部下が店に来るからな、しっかり奉仕するんだ。チップも払わせるから、家計の足しにもなるだろ。あぁ?」
明日以降も、この外道の手下が自らの身体を弄りに来る。そう宣言され、弥穂は目の前が真っ暗になる。鷹藤が店を後にした後も、ショックで呆然と立ち尽くしていると、年嵩の女性スタッフに声をかけられた。
「さっきお客さん、なんか変わった人ね。知り合い?」
「あ、あの、この近くに住んでる、親戚なんです」
おしゃべり好きで、詮索家のこの女は、名前を坂上香苗、といった。
「ふーん、ちょっと怖そうな雰囲気の人だったけど、何してる人なの?」
「え、えっと、たしか、金融関係って言ってたと思うんですけど」
「何それ、金融っていってもどうみても銀行員じゃないわよねぇ?サラ金ってこと?」
「わ、私もよく知らないんです、あ、あの席の掃除をしないといけませんので、私戻りますね……」
先輩スタッフからの怪訝そうな眼差しを背中に感じながら、弥穂はいそいそと席へ戻った。