あのセクハラ研修の夜。カレは私の中で射精することはなかった。いや、出来なかった。
「さすがに最後の最後までは、まずいだろぉ。コンプライアンス的にさぁ」
と笹山がそう言って、男子社員達に命じて、身震いする西條君を私から引き剥がさせた。
カレのペニスの先端から、最初に飛び出た沫が、私のスカートを汚した。その後も、何度もカレの肉からは白い塊が噴出したのだけど、回を重ねるごとに少しずつ、少しずつその勢いは弱まって、次第に研修室の床にポトリ、ポトリと力なく落ちるようになった。
西條君は怒りで我を忘れていた。羽交い絞めにしてくる同期の男子達を蹴ったり肘打ちをしたりで、手に負えなかったけれど、やがて力尽きて、床に這いつくばる形で取り押さえられた。
「はいはい、ちょっと悪ノリが行き過ぎたみたいだから、今日はこれで解散。君たち、今日あったことは秘密だからね」
鈴原主任が、両手を叩いてその場を散会させようとすると、男の子達は、不満そうだった。自分も、西條君に続ける、そう期待していたのだろうか。今思い出しても、恐ろしくて震える。あのとき、室内には十人以上の男子社員がいた。その全員の相手をさせられたとしたら。鈴原主任と笹山がその気になれば、そういう展開だって、あり得たはずだから。
「君たちがこんなレイプまがいのことに協力してたって、同期の女の子達が知ったら、どう思うだろうね?」
その言葉に、男の子達は、口々に言い訳を始めた。これは俺たちのせいじゃない。西條の奴が、勝手にやっただけだ。そう言いながらも、彼らは名残惜しそうに、半裸でうずくまった私の身体に視線を這わせながら、一人二人と研修室を退出していった。
室内には、笹山と、鈴原主任と、私だけが残された。
次に自分に降りかかろうとしている悪夢に、震えた。セクハラ常習犯の元上司に、致命的な弱みを握られている。おまけに、その男の眼の前で、私はたった今、若い男子社員に犯されたばかり。
笹山が襲い掛かってくる予感しかなかった。腕づく迫られたとして、拒み切る体力があるかどうか。とにかくもう、へとへとだった。もし、その体力があったとしても、添田さんとの動画の件で脅されたら、結局身体を守りきることはもう、絶対に不可能に思えた。
「へへ、危ないところだったぜ。危うくオメコの中、ガキに荒らされるところだったが、どうにか俺のおかげで間一髪だったな。感謝してもらわないと」
笹山が、白いスーツのベルトに手をかけた。あの部分が、醜く隆起しているのが目に入って、思わず視線を逸らせてしまった。惨い展開を、覚悟しないわけにはいかなかった。
でも、想像したような展開には、ならなかった。鈴原主任が、冷たく言い放った。
「まるで反省していませんね、笹山さん。お生憎様、やれませんよ、あなたは」
「はぁ?そりゃねぇだろう、コイツのせいで、俺はキャリアをめちゃくちゃにされたんだぞ。今夜は俺がこの女を無茶苦茶にしてやる番だろうが!」
笹山は、激昂していたが、鈴原主任は、涼しい顔をしていた。
「あなたが深く反省して、二度と過ちを繰り返さないと誓う。そういう条件で、本体に戻してもいい。社長がおっしゃった条件はそういうものでした。もしあなたが、今ここでまた、同じ愚行を繰り返すのであれば、私はそれを報告するだけです」
「ちっ、なんだよ、一発くらい、いいじゃな……」
「もしもし、橘社長。今、笹山さんが……」
「お、おい、ちょ、ちょっと待て!分かった、分かったから!」
笹山は、慌てて、脱ぎかけたスラックスを元に戻した。
「ふふ、ええ。痛く反省しているようです。はい。それで、被害者の笠谷さんとも今、話し合っているところなんですけれど。……はい、ええ。そうですね。承知いたしました。そのようにいたします」
*****
この二人の経歴と、この会社の社長(橘という名前だった)との関係性について、詳しく知ったのは、もっとずっと後のことだった。
鈴原主任は、人事部に異動する前は、社長の秘書をやっていたそうだ。
一方で笹山は若い時に、社長(当時はまだ次長だった)の『汚れ仕事』を引き受けて、一度懲戒寸前までいったことがあったらしい。そんなヤクザの世界みたいなことが、昔はあったらしい。問題社員扱いされた笹山が課長職まで行けたのも、親分肌の橘社長の意向が強かったらしい。
私に糾弾されて職を追われた笹山だったけれど、どうやらその橘社長が手を差し伸べ、その意向を組んだ鈴原主任が、この茶番劇を仕込んだ。そういうことだったらしい。
*****
「笠谷さん。そういうことだから、協力してくれるわね?」
「協力って、私に、何を……」
「取り消してほしいの。セクハラの告発」
「な、なんですって……」
添田さんに勇気をもらって、あの酷いセクハラ被害を終わらせたのに、それを自分で否定するなんて。それに、もうとっくに懲戒処分も下りているのだ。一体どうやってこんな大事件を、なかったことになんてできるんだろうか。
「……できません、そんなこと」
「ふん。簡単なことだろうが。実は、私も笹山課長にお触りしてもらって、楽しんでましたーって、言えよ、人事に」
怒りで顔が熱くなるのを感じた。
「そうねぇ、初めは、お互い了承のうえ、遊びのつもりでやってたけど、ハードなプレイに発展してしまったところを、恋人の添田さんに見られちゃったから、つい笹山課長を悪者にしてしまいました。反省しています。これでいいじゃない?うふふ」
「ふざけないで、よくもそんな大嘘……」
「あなたさぁ、よーく考えなよ。セクハラ告発したあなたと添田君が、夜中のオフィスで淫行してたってこと、人事が知ったら、どうなると思う?どのみち笹山課長の件も再検証になるんじゃないかしら?そっちの方がいいわけ、あなたにとって?」
「ああ、卑怯よ、こんなやり方……あの映像は、一体だれが」
「さぁ、誰でしょうねぇ。誰だったとしても、あなたの選択に関係あるかしら?」
盗撮は、鈴原主任の手によるものだと、確信した。だからといって、何の打開策もなかった。
「あなた一人が、恥ずかしい思いを我慢したら、それで丸く収まるんじゃなくって?添田君のキャリアまで台無しにする必要あるかしら?」
笹山に犯されることは免れた。けれども、もっと耐えられない屈辱を飲み込まないといけないんだ。
「……わかり、ました。その代わり……」
要求を飲むにしても、どうしても避けたいことがあった。
「私が訴えを取り消したことは、添田さんには、内緒にしてください」
「ふふふ、交渉成立ね。いいわ。人事部長も鬼じゃないだろうから、あなたが添田さんへの愛情を必死で訴えたら、きっと分かってくれでしょう。ちょっとした『お土産』さえ用意すればね、うふふ。私に、いいアイデアがあるわ」