翌日。何もすることがなく、自宅のリビングにあるPCで、ぼんやりとギグワークの募集サイトなんかを眺めていた。英語のメールのやりとりくらいはできるつもりだから(話すのは苦手なんだけど)、簡単な英文翻訳なら、と思う。
サイトに個人情報を登録していく。二十五歳、女性。四年制大学卒。英文科。そこまで書いて、大学時代の同期のことが思い浮かんだ。ふと、久しぶりに連絡してみようかと思って、スマホを手に取る。でも…平日だし、仕事だよね。
新卒で入った不動産会社を半年で辞めた私と違って、みんなまだちゃんと正社員として頑張ってる。半分失業状態の私から電話がかかってきて、友人たちはどう思うだろう?気まずい思いをさせてしまうだけじゃないか。いよいよ気が滅入ってきた。
逡巡しているうちに、スマホに着信が入った。
「…あ、笠谷さん!あの、添田だけど…良かった、繋がって。ホントに申し訳ないんだけど、今日一日、ちょっと手伝ってくれないかな。色々、分からないことだらけでさ…」
「え、あの手伝うって、今日から添田さん、在宅勤務ですよね?」
「うん、一通りネットワークの設定だけは終わったんだけど、フォルダのどこに何があるとかさ、そういうのがね…いつも任せっきりにしてたからほんと反省なんだけど。良かったら、今から家に来てくれないかな」
心臓が弾けるのではないかというほど胸が高鳴り、息が詰まる。気がついたら、無言で通話を切ってしまっていた。リビングから自室に逃げ込む。何事か、といぶかしむ母の視線も、気にしていられない。
部屋に入って締めた扉に持たれかかりながら、私は心拍を何とか抑えようと自分の身体をさすった。全身、焼けるように熱い。
私が、添田さんのお家に…?彼は、独身だから。それは一人暮らしの部屋で、彼と私、二人きりになる、ということ。二つ返事で飛んでいけばいいものを、どうしてこんなに迷うんだろう。
彼は、単に仕事で必要だから私を呼んでるだけ。それ以上の意図があるはずない。私の方が変に意識しているのがバレたら、どうしよう…。そんなの恥ずかしすぎる。
堂々巡りをしているうちに、再び着信があった。トゥルルルル、トゥルルルル、2コール目、3コール目。気持ちが固まらないままだったが、これで取らなかったら、一生添田さんと会えないような気がして、私は思い切って電話を取った。
「ご、ごめんなさい、なんかうち、その、所々、電波の悪いところがあって……今は、大丈夫だと思います」
「あ、そうだったんだ。ごめん、びっくりさせちゃったかな。あの、ボランティアしてもらうつもりはないからね!ちゃんといつもと同じだけ俺が払うから」
「…そ、そうですか。じゃ、じゃあ、それだったら、伺い、ます」
「良かった!じゃあ今から住所送る!駅からは近いから、すぐ分かると思うけど、分からなかったらまた電話して」
本当は、お金のことなんて、どうでも良かった。お給料もらえるなら行きます、なんてそんな風に思われるのはイヤだった。だけど彼を訪ねる口実が出来て、ある意味助かった。
大急ぎでお化粧をして、着替えをする。変にオシャレしてきたりしたら、意識してるのがバレバレになっちゃう。いつもと同じような私らしい、地味な服装を選んで家を出た。
「え、何?休業じゃなかったの?」
「ちょっと急遽今日だけ出ることになった、急いでるから、もう行くね」
家を飛び出した。母には、今から男の人の家に行くなど、言えるはずがない。
駅に向かって速足で歩く道中、ある考えが思い浮かんだ。彼は仕事で困っているんじゃなくて、半分失業してしまった私を助けたくて、こんなことを言ってるのかも。優しい彼なら、そういう行動をしても、全然不思議じゃない。胸がジンと熱くなってくる。私は、彼に、添田遼平さんに夢中になっている自分を、はっきりと自覚していた。
