カレとワタシのひどく不適切な愛情 > 第2章 狂気のハラスメント研修
[あらすじ]
私の名前は、摩耶。総合商社でOLをしている、二十五歳。 悪質なセクハラに悩んでいたけど、勇気を出して告発した。加害者の上司は、すぐに左遷された。それから私は、大好きな先輩社員と交際中。仕事も恋愛も全てが順調だった。
ある日、人事部から「女子社員向けに、セクハラに関する座談会を開くので、出席してほしい。新入社員研修の一環だから」と言われた。 泣き寝入りする女性がいなくなってほしい。そんな純粋な気持ちで、私は首を縦に振った。

…だけどそれは、巧妙に仕組まれた罠だった。 その先に、自分の恋愛観までも破壊してしまう、淫らな運命が待ち受けているなんて……

2026.01.19 永井 亮
女性一人称、ラブストーリー
読者タグ: なし

「鈴原さん、これ、何かの間違いでは?」
 もし、話す相手がみんな男子社員だと知っていたら、引き受けていなかった。
「えっ、何が?」
 突き放すよう返されて、狼狽した。鈴原主任にだけ聞こえる小声で、すがるように言った。
「女子社員だけの座談会、っていう話じゃ……」
「ああ、そういうことか。えっと、人事の中でも協議したんだけどね、やんちゃな男子達に釘打っておいた方が、ずっと効果的なんじゃないかって。変なことしたら左遷されるぞってね。あははは」
彼女の作り笑いが、不気味に見えた。まるで、別人だった。壇上の私が全然研修生たちの方を向かずに、ただひたすら鈴原主任に小声で何かを訴えかけている様は、異様だった。男子社員達がざわつきはじめた。
「ねぇ、早く体験談、始めなよ。みんな楽しみにしてるよ、笠谷さんがどんな風にセクハラ被害を受けたのか、聞きたがってるんだから」
「そ、そんな言い方……」
「しないの?だったら時間が無駄だから、このビデオ教材使って、私が適当に話するけど?」
 鈴原主任の指が、卓上のラップトップを操作した。何かの動画が再生された。それが何なのかを認識すると、思わず自分の口を押えてしまった。あやうく、悲鳴が出そうになった。
 その動画は、夜中のオフィスで、私と添田さんが、不自然なほど近い距離で見つめ合っているシーンを切り取っていた。その後に何が始まるのか。私にははっきりと心当たりがあった。
「止めて、止めてください……」
「なんで?あなたが、先輩社員に性処理を強要される現場よ?セクハラ防止研修でぜひとも取り上げるべき題材なんだけど?」
気絶しそうだった。いっそ気絶してしまいたかった。画面の中の私はやがて、添田さんのベルトに手をかけて、床に膝をついた。
「さて、投影するには、っと」
 ラップトップは、HDMIケーブルで大きなモニタ画面に繋がっていた。今のところ、モニタは真っ黒で、入力データ無し、の文字が浮かんでいた。鈴原主任が、キーボードの】『ウィンドウズ』と『P』のキーを同時押しした。画面の右側に、四つの選択肢がポップアップした。 

>PC画面のみ
>セカンドスクリーンのみ
>複製
>拡張

「PC画面のみ」以外の三つは全て、破滅を意味していた。それは、私だけの破滅では収まらない。添田さんの人生にまで、致命傷を与えるだろう。

ああ!私、どうしてあんなことをしてしまったの……ああ、ああっ!

心の底から、後悔の呻き声が漏れ出してしまいそうになるのをどうにか両手で押さえた。あの夜は、添田さんがカザフスタンに一か月の長期出張に行くその前日だった。
「摩耶もう正社員だから、そのうち一緒に出張にも行ってもいいんだもんね。次は一緒に
連れていくよ」
その言葉が、嬉しくて、たまらなくて、添田さんのことが愛おしくって、あんな非常識なことを夜中のオフィスでしてしまった。まさか、あれが盗撮されていたなんて……でも一体、誰が?
あれは、絶対にセクハラなんかじゃなかった。私が自分の意志でやったこと。だけど音の無い映像だけみたら、強制されているように、見えるかもしれない。ちょうど、私があの給湯室で笹山課長にされたのと同じように。

なんてバカなんだろう、私って。ほんとに、自分が憎くて仕方がない……

私は、無意識に、鈴原主任の手首を掴んでいた。
「します、話をしますから、これはどうか……」
「ふん、まあいいわ。でも盛り上がんなかったら、こっちに切り替えるからね。包み隠さず話すのよ。多少お下品なくらいの方が、反響あるでしょうねぇ。うふふふ」
 私を横目に、鈴原主任が大きな声で言った。
「みんな、ごめんなさいねぇ、ちょっと打合せ不足なところがあったんだけど、もう大丈夫。さ、笠谷さん、あなたのセクハラ体験談、始めて頂戴」
 鈴原主任の手が乱暴に肩のあたりを押すので、私はふらつく足取りで壇上から降りた。好奇心で目を爛々と輝かせた男の子達の目の前に放り出された。
 
頭の中が、後悔と絶望ですっかり混乱しきっていたので、私が新入社員に向けて語る『セクハラ体験談』は、支離滅裂だった。
「あのー、すみませーん。何言ってるか、全然わかんないんですけどぉ」
お調子者風の、丸坊主頭がそういうと、会場からどっと笑い声が噴き出した。私は被害者のはずなのに、こうして笑い物にされている。でも、許せないという怒りの気持ちは、すぐに萎えてしまう。
 
職場でも彼氏のアレは舐めちゃうけど、オヤジに触られるのはイヤなんだ?

 誰かにそう言われたわけじゃない。頭の中の誰かがそう囁く声が聞こえて、戦う勇気は簡単に挫かれてしまう。

「す、少し、待って。あの、私……その……」
すっかり気が動転していた。私は両手で顔を抑えながら、立ち尽くして、それっきり黙りこんでしまった。
「あら、笠谷さん、人前で話すの、苦手だったみたいね。でも、みんな許してあげて。ちょっと、違う方法で進めてみるから」
 背後にいる鈴原主任を振り返った。あの動画が、大画面に投影されるのではないと思えて、彼女の言葉がほとんど死刑宣告のように聞こえた。でも、画面は真っ黒なままだった。気が付くと鈴原主任は教壇を降りて、研修室の扉を開け、廊下の方に向かって手招きしていた。
「こういうこともあろうかと思って、ちゃんとプロの講師の方をお招きしているの。経験豊富な方だから安心して。みんな、拍手で出迎えてね」
 扉の奥から出てきた男の顔を見て、もうはっきりと自覚した。これは、私を陥れるための、罠だと。研修室に入ってきたのは、憎むべきセクハラ上司の、笹山だった。

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