翌週、里穂は教頭の影山に声をかけられ、職員用会議室に呼び出されていた。新設される美術部の顧問を引き受けてくれないか、という打診だった。
「私が美術部の顧問、ですか?」
「うん。権田英玲奈さん、一年A組、南野先生のクラスに入った子なんだけど、分かりますか?」
その名に、里穂の鼓動は高鳴った。当然、教頭は里穂と権田家の因縁を知らない。動揺を悟られないように、里穂は平然と答えた。
「はい、先週、転校してきた、理事長のお嬢さんですね」
「あの子、絵の腕前が相当なものらしい。うちの美術部は不人気で何年か前に廃部になったんだが、彼女自身のたっての希望でね。クラスの女子も何人か英玲奈さんに絵を習いたいと言い出したようで。それで、美術部を是非復活させたいということなんですよ。で、問題は顧問なんですが、他に適任がいないもんで、その、ね、分かるでしょう?」
「…はい、今一番暇なのは私、ということですよね」
「い、いや、その、そ、そんなことを言うつもりじゃないんだけれども!でも、美術部なんて、そんなにずっと活動中張り付いている必要もないし、始めと終わりだけ、部室の開錠やら施錠やらと、そのぉ…」
「構いません。私、承りますから」
学園の教師の中で、実質的に「失業」状態の里穂は、申し出を断るわけにはいかなかった。二つ返事で里穂に引き受けてもらえて、気の弱い教頭は安堵の表情を浮かべていた。
(とにかく、一つでも貢献しなきゃ。でも、あの子が中心なのね…)
部員は女子だけだというので、水泳部のようなことにはならないだろうが、やはり気がかりなのは、権田英玲奈の存在だ。父親の情婦になりさがった自分に対して、嫉妬と軽蔑の入り混じった視線を投げつけてくるこの少女の存在が、里穂の心をかき乱すのだった。
その日の昼休み、英玲奈は職員室の里穂の元を訪れた。
「華谷先生、顧問を引き受けてくださってありがとうございます。よろしくお願いします」
「…うん、よろしくね、英玲奈さん」
先日の高圧的な態度とは打ってかわって、職員室では、礼儀正しい完璧に少女を演じきっている英玲奈を、里穂は薄気味悪く感じた。
「早速、今日の放課後から活動始めますから、後で先生も見に来てくださいねっ!」
「分かったわ、ではまた後で」
放課後、里穂が美術部の部室を訪れると、生徒達はデッサンの練習だろうか、部屋の真ん中に置かれた、ユリの花を活けた花瓶を写生していた。英玲奈は、他の生徒たちに、絵筆や画材の使い方を指導して回っている。転校生だが、すでにリーダー格の雰囲気をまとっている。
「みんな、がんばってるわね。一応、分かってるとおもうけど、部活は基本的に午後六時まで、それ以降続ける場合は延長届けがいるからね。またその頃見に来ますから」
里穂は絵心があるわけでもない。部員たちの周りをうろついていても特段何のアドバイスもできないのだ。真剣そのものの生徒達を前に、居づらくなったのか、しばらくすると職員室へ戻った。何しろ、北村から押し付けられる雑務は日に日に増えていき、今日も残業が必至なのだ。
部室を出る際に、南野に鉢合わせた。
「あら、南野先生、どうかしましたか?」
「いえ、なに、うちのクラスの生徒達に、ち、ちょっと用があってね、すぐ終わりますから、気にしないで…」
南野の様子はどこかぎこちなく、落ち着かない様子で、視線を泳がしていた。