翌日。弥穂は下村の到着を待った。これから、大家である筑摩省三の元に、釈明と謝罪をしに出向かねばならない。濃紺のブレザーに白のブラウス、ダークグレイのスラックスという、改まった服装に身を包んだ。
昼過ぎ頃になって再び弥穂の元に下村が現れた。玄関で弥穂の出で立ちを見るなり、いきなりダメだしを始める。
「なんだよ、その色気のない恰好は。そんなので筑摩さんが喜ぶと思うか?」
「よ、喜ぶって、どういうことですか。誤解を解きに、話をしに行くだけです」
「ははは、色狂いの人妻の話になんて興味はないさ。お前のそのエロい身体を使ってご機嫌を取ればいいんだよ」
「な、なんですって!まさか、オーナに、身体を使って……」
「ああ、当然だろ?お前に色仕掛け以外の取り柄があるとは思えないからな」
弥穂は、悔し気に下村を睨みつけるが、それ以上反論する気になれない。何しろ、もうこの男に何度絶頂に導かれたのか、もう数えきれないほどなのだ。自らの身体に流れる淫蕩な血を否定するには、この男に痴態を晒しすぎていた。
「さ、これに着替えろよ。弥穂にぴったりの衣装、選んでおいてやったから」
下村が乱暴に押し付けていた紙袋の中を覗くと、どぎついワインレッドの生地が目に入った。イヤな予感で、心拍数が急激に高まる。恐る恐る中身を取り出すと、それは「ベアトップ」と呼ばれる際どい裁断のワンピースだった。胸より上の生地がなく、筒状の布地は一見して小さすぎる。
「こんな恰好、できません!非常識すぎます」
「ははは、非常識なほど欲求不満の人妻にはぴったりだろうが。早く着ろよ、ほら!」
下村にすごまれ、弥穂は泣く泣く玄関先で、着替えを始めた。ブラウスとブレザーそしてスラックスを脱ぎ去ると、ワンピースを頭から被った。合成皮革のその生地から伝わるひんやりとした感触に、なぜだか背筋がぞくりとさせられた。
小さな布切れは双乳の頂から辛うじて尻の辺りを覆う程度の面積しか有していない。純白のブラジャーはほとんどが露出していて、淫猥極まりない雰囲気を漂わせている。
「うむ。やはり、この衣装にはブラは似合わないな。とれよ」
応じない弥穂にいら立った下村が手に持ったハサミでブラ紐を断ってしまった。バチン、バチンと無惨な音とともに切り裂かれたブラは、あっけなく奪われた。
乳輪すれすれのところにワンピースの上端が走っている。豊かな胸の膨らみのほとんど半分程度が露出している状態だ。恥ずかしさのあまり、布地を上に引っ張り上げようものなら、今度は尻の布地が足りず、白いパンティがみっともなくはみ出してしまう。
東南アジアのどこかの国の街娼婦のようなファッションをさせられている自分の姿が鏡に映る。(こんな格好で……)
あの日の夜は鷹藤達に騙され、輪姦された、自分は被害者なのだ、断じて売春目的で誘い入れたりはしていない、筑摩の前でそのように訴えるつもりだったが、こんな淫売そのもの出で立ちをしていて、信じてもらえるだろうか?羞恥と恐怖に震えている弥穂の様子を満足気に見下ろしながら、下村は弥穂の手を引いて外に連れ出した。
筑摩は、『サロン・ド・レイ』が一階部分に入居する、そのデザイナーズマンションの最上階、いわゆるペントハウスの部分に居を構えていた。十三、十四階部分が吹き抜けになった、いわゆるメゾネットタイプの居室は、まさに都市型の豪邸といえた。階下の賃貸物件は主に1DKで、一フロアに3部屋が設置されていた。その天井部分を丸々使った筑摩邸は、優に百五十平米は超えていた。
所々にコンクリート打ちっぱなしの内装を残した都会的センスのデザインは、高級感よりも冷たい無機質さを際立たせ、訪れるものを無意識に委縮させた。エレベーターを降り、いよいよ筑摩家のインターホンを鳴らすその瞬間、弥穂は心細さに震えた。
「ああ、あなたが下の美容室の。へぇ、どおりで……。まあいいわ、上がりなさいよ」
弥穂と下村を出迎えたのは、筑摩本人ではなく、三十代半ば位の美女だった。五十代半ばの筑摩の、三人目の妻で、名を麗奈といった。身長は百七十センチちかくある長身で、すらりと長い手足を、いかにも上流夫人らしいシックなロングドレスで着飾っている。
弥穂は、麗奈夫人には面識がなかった。不思議なことに、筑摩が妻帯者であるということに考えが及んでいなかった。下村によって露出衣装を強いられていることからも、多かれ少なかれ筑摩本人に対して、何らかの色仕掛けをさせられることは内心で覚悟はしていた。だが、玄関先で対面した麗奈夫人の冷たい視線を浴びるにつけ、弥穂は居たたまれなくなった。こんな不埒な恰好で現れた自分を、夫人が快く思う訳がない。弥穂は恨むような視線を下村に投げつけたが、当の下村は平気な顔で、
「おいおい、ご夫人はお前のその恰好にずいぶん気を悪くしていると見えるぞ。こりゃあ並大抵の謝罪じゃ済まなさなりそうだ、ははは!」
と高笑いだ。
弥穂は、広々としたリビングの壁に沿って添えつけられた黒皮張り三人掛けソファに、筑摩省三と麗奈夫人が腰かけている。その正面に、弥穂は正座させられている。その傍らに立った下村が重苦しい空気の中、口を開いた。
「あのぉ、本日は、住民の方から苦情が上がった例の夜の件について、園川さん、園川弥穂さんご本人から、事情の説明をしたいとのことで、お時間をいただきました。ええっと、ほら」
下村の膝で小突かれ、弥穂がドギマギしながら釈明を始めた。
「……ま、まず、この度は、オーナーの筑摩さんには、大変なご迷惑とご心配をおかけしましたことを、お詫びさせていただきたいと思います」
深々と床に額を付けて謝罪し、再び頭を上げる途中、正面の筑摩夫妻の表情が視界に入った。省三の眼の色は鈍く濁り、口元は残忍そうな薄笑いを浮かべている。弥穂の強張った表情と、露出した上乳を見比べ、さらには正座のデルタゾーンから中を覗き込もうと首を傾げることまで平然とやってのける。値踏みするような眼つきで視姦されても、文句ひとつ言える訳もない。
隣の麗奈夫人はといえば、足を組んで腕組みし、眉間に皺を寄せ、絶えず弥穂を威圧するように睨みつけている。
「で?謝罪は当然として、事情、ってのは何なの?柄の悪い男達をこの建物の中に連れ込んで、夜通しセックスすることになった事情というのは?」
「そ、それは……その……」
「お小遣い稼ぎの援助交際、ってことでいい?」
「違います!私は、うぅぅ、そんなつもりでは……」
涙で言葉を詰まらせる弥穂に、下村が得意顔で助け舟を出す。
「ご夫人、この園川さんは、僕の親友の奥さんなんですがね、彼に誓ってそんな人間ではありませんよ」
「そう?じゃああの夜の騒ぎは一体何だったというのかしら?」
「ええ、このウィルスの騒ぎでお店はオープン以来閑古鳥でしょう。思い余って筋の悪い男達から金を借りてしまったようなんです。ご主人の方は返済のために半ば強制的に出稼ぎに行かされたのですが、残念なことに病に倒れてしまった。それ以来利息が膨らんで、完全に詰んでしまったんです。借金取りはチンピラみたいな奴らで、どうやら返済の代わりにこの奥さんの身体を求めた、ということなのでしょう。ですよね、園川さん?」
「……は、はい。そのとおりです。私、主人がいなくて、まともな判断が出来なかったんです。あの男達は、弱みに付け込んで、無理やり……」
涙ながらに訴える弥穂に耳を疑うような台詞が下村によって発せられた。
「この弥穂さんという女性は、ものすごく押しに弱いタイプのようでしてね。無理やり押し倒されると、どうも情が入るといいますか、燃え上がってしまうというか、端的に言うと、ふふっ、ひどく濡れるんですよ」
「し、下村さん、何を言ってるんですか……」
「あら、面白そうな話ね。下村さんもこの女のこと、ずいぶんよく知ってるみたいな言いぶりじゃない」
「いえ、私は、まあ、ほんの一夜限りのことでしたがね。ずいぶん奥さんが気落ちした様子でしたから励ましてあげていたら、いきなりハグされましてね。きっと寂しいのだろうと思ってそのまま抱いてやろうと思ったら、なんと抵抗し始めるじゃありませんか。『下村さん、何をなさるの、おやめになって!』とかなんとか言ってね。私もカッとなってしまいましてね、そのまま絡まりあうように、ね。おわかりでしょう?」
「……やめて、いい加減に……」
「一度ハメてみたら、よぉく分かりましたよ。この女の抵抗が全てフェイクだったということがね。そう、この女は典型的なマゾですよ。男に無理やり、っていう展開に燃え上がる。だからわざと抵抗して、男を挑発する。血の気の多いチンピラ連中が、この手に乗らないはずはありません。ええ、ですから奥さんは金目的なんかじゃなく、純粋に羽目を外し過ぎた、そういうことなんだと思いますね」
弥穂は、下村の侮辱に激昂した。立ちあがって痛烈なビンタを浴びせようとするが、その手はあっけなく下村に取り押さえられ、そのまま背中の後ろに捻りあげられた。
「筑摩さん、奥様。どうかこの女の哀れな性癖に免じて、許してやっていただけませんか?ほら、弥穂、変態マゾで、ごめんなさい、って言って詫びるんだよ、早く」
「ふざけないで!もうたくさん、もうたくさんよ!」
羽交い絞めを振りほどこうとするが適わず、気付けば立ちあがった筑摩夫妻が間近に迫っている。麗奈夫人の手が弥穂の耳朶からうなじにかけてツーっと悪戯っぽく撫上げる。
「素晴らしいじゃない。Mっ気の強い娘なら、ふふふ、私達とは相性が良さそうねぇ」
夫人の表情が、先ほどの険しいそれとは一変し、妖し気な喜色に目を爛々と輝かせていることに弥穂は慄然とした。麗奈夫人の邪気に気を取られている内に、今度は省三の手がベアトップワンピースの胸元にかかり、あっというまにずり下された。若妻のまん丸に実った豊乳が、宙に放り出されてブルっと弾む様に、筑摩は破顔している。
「奥さんの本性が金目的の淫売なのか、ただの欲求不満の牝なのか、我々の方でじっくり見極めさせてもらっていいんだな、下村君?」
「ええ、そのとおりでございます。どうぞ、まずはそのデカパイなどお試しください。強めに握りつぶしてやるといい声で鳴きますよ」
下村が言うより先に、夫妻が四本の手で弥穂の双乳を鷲掴みにした。酷薄な笑みを浮かべながら、麗奈夫人が弥穂の乳頭を捻りあげると、弥穂の甲高い悲鳴が広いリビングに響いた。
「こういう頭の悪そうな巨乳女の鳴き声って、燃えるわぁ」
「ひ、ひぃぃ、お、お許しください、い、痛いです」
「それがいいんじゃないの?ん?あなたは、可哀そうなマゾヒストなのか、それともこのマンションを売春宿にした性悪なのか、試されているんだけど?」
「そ、そんな……」
「ねぇ省三さん。この女、下村君の言うようなマゾじゃなかったら、さっさと規約違反で追い出しちゃう、ってことでいいわよね?」
弥穂は、まんまと罠に嵌められたことを自覚した。変態マゾを演じきらなければ、店を失うことになるのだ。これから加えられであろう暴虐を、喜んで受け止めなければならない。弥穂は天を仰いだ。(零士さん、私、どうしてこんな目に合わないといけないんでしょう……もう、耐えられない……)