[あらすじ]
私の名前は、摩耶。総合商社でOLをしている、二十五歳。 悪質なセクハラに悩んでいたけど、勇気を出して告発した。加害者の上司は、すぐに左遷された。それから私は、大好きな先輩社員と交際中。仕事も恋愛も全てが順調だった。
ある日、人事部から「女子社員向けに、セクハラに関する座談会を開くので、出席してほしい。新入社員研修の一環だから」と言われた。 泣き寝入りする女性がいなくなってほしい。そんな純粋な気持ちで、私は首を縦に振った。

…だけどそれは、巧妙に仕組まれた罠だった。 その先に、自分の恋愛観までも破壊してしまう、淫らな運命が待ち受けているなんて……

2026.01.19 永井 亮
女性一人称、ラブストーリー
読者タグ: なし

ウソの証言によって自分をふしだら女に仕立て上げる。その最低の一幕が終わると、そこからは、表向き平穏な日々が戻ってきた。笹山は商社に復帰したとはいえ、オフィスは私の職場のある本館にではなく、別の建物にあった。聞くと、IT関係の部署か何からしい。
だから、席を並べることもないし、フロアでばったり顔を合わせることもない。それでもまれに、本館に訪れることもあるみたいで、ロビーのある一階で何度か見かけたことはあった。
すれ違いざまに、卑猥な手振りでからかってきた。無視するしかない。隙を見て、迫ってくるのではないかと不安だったが、そういうことは起こらなかった。
後から聞いたところ、どうやら、笹山の部署には、若い女の子の派遣社員が他にもたくさんいるらしい。きっと、その子達を物色するのに忙しいのだろう。私に勇気がないばっかりに、また新しい被害者が生まれているのではないかと思うと、胸が痛んだ。

職場内でも、イヤらしい目で見られることが増えた。笹山との一件の顛末について、噂が立っているに違いない。どこからか、自分の周りで、ヒソヒソ声が聞こえる。

セクハラOK女子
合意の上
触らせたがり

そんな棘のある単語が、意地の悪いトーンに乗って鼓膜に突き刺さる。胸が苦しくなってくる。それでも、誰かに身体を触られたり、乱暴されたりするわけではない。これもまた、心を石にして、無視する以外には、私にはどうすることもできなかった。
あの研修会に参加した男の子達と、エレベーターに乗り合わせたりする時。それが一番、私にとっては試練だった。あの日に果たせなかった欲求不満を押し付けるように彼らは、卑猥な冗談を投げつけながら、身体を触ったり、お尻に股間を押し付けたりしてきた。そうなると私は、一番近くの階のボタンを押して、密室から脱け出すしかなかった。
でも、そうした悪戯は、長くは続かなかった。ある日、男の子達からエレベーター内で痴漢被害にあっている最中に、西條君が乗り合わせてきた。カレは、一瞬で何が起こっているのかを理解したようで、次の瞬間には、男子二人の鼻の辺りをパンチしていた。鼻血を出しながらよろめいたその二人を庫内に残して、私たち二人は降りた。
そんな暴力事件は、なぜか公にはならなかった。二人とも、自分達が痴漢行為を働いていたことを白状する勇気がなかったのか、あるいは西條君の殺気に怯えたのか。
カレの『実力行使』の結果、新入社員の男の子達にちょっかいをかけられることもなくなった。そんなわけで、添田さんの不在中、私の身体は、専ら西條君に占有されるようになった。

でも、今夜。添田さんが返ってくる。あの人の帰国をきっかけに、この歪んだ生活を正したかった。私が愛しているのは、添田さんただ一人。そのことを、自分の身体にもよく分からせるため、一秒でも早く添田さんに会いたかった。空港の到着ロビーの柵から身を乗り出して、あの人を待っていたかった。それなのに……
私は、多目的トイレの床に、力尽きたように転がっていた。最後の一滴を私の中に流し込んだあと、いまだ小刻みに身体を震わせているカレの頭が、私の胸の谷間に突っ伏している。
そうこうしているうち、バッグの中のスマホが鳴った。鳴ってしまった。もう、添田さんの帰国便が到着する時間にだった。
「もしもし、摩耶?今着いたよ」
「……添田さん?ごめんなさい、空港へ迎えにいくつもりだったんだけど、仕事が……」
「ああ、そんなのいいよ、いいよ、成田遠いし。それより摩耶、まだ会社なの?」
「は、はい。まだ、会社です」
お腹の中に、違和感が走った。何かが、ドクン、と脈動した。
思いだした。カレは、まだ私の中にいる。膣がカレのものに馴染みすぎたせいか、その存在を当然のように受け止めていて、一瞬忘れてしまってさえいた。そのことにひどく当惑した。
「ん?摩耶、もしもし?聞こえてる?」
「あっ、はい。今は、聞こえてます。少し、うっ……電波が、悪いのかな……くぅぅん」
西條君のソレが、私の呼吸を乱した。
カレの射精までの道のりは恐ろしく長いけれど、果ててからは、しばらくじっとしていることが多かった。でも、その日は違った。何か、殺気と呼ぶべきものが、急速に湧き上がってきて、通話中の私の身体の内側に、さざ波を立てた。
「今夜は、会うのやめとけよ」
 西條君は、明らかに苛立った声で、私の耳元で、スマホがある方と反対側の耳に向けて呟いた。セックスの後の余韻を邪魔されるのは耐えられない。そんな風に言っているようにも思えた。私は、思いきり首を左右に振って命令を拒否した。
「今から、添田さんのお部屋に行って、待っててもいいですか?」
 西條君が、大きな音を立てて舌打ちをした。私は、負けずに続けた。
「ごめんなさい。ほんとうに、空港で、出迎え、したかったんです。うぅ。もう、お家に行っても、お料理する時間もないかもしれない、うぅぅぅっ……」
 涙が込み上げてきた。西條君の十本の指が、私のお尻に食い込んだ。カレの歯が、私の耳朶を噛んだ。血が滲みそうなほどに。
「料理なんていいって。向こうの料理で胸やけ気味なんだし、ははは。摩耶が部屋にいてくれるだけで、それで十分だよ。ありがとう」
 すすり泣きが、嗚咽に変わった。いろんな形で添田さんを裏切り続けて、それでも添田さんの優しさに甘えようとしている自分を、誰かに罰してほしかった。耳朶やお尻の痛みだけじゃ、とても足りなかった。 

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