二日ほど欠勤してから、出社した。自分のデスクには向かわず、直接人事部のフロアにある、小さな会議室を訪ねた。
「笠谷摩耶さん、だよね?あなたのこと、全力でサポートするから。安心して」
芯の強そうな女性が一人、私を出迎えてくれた。開口一番に、会社はどんな小さなセクハラ被害も放置しない、と断言してくれた。沈んでいた気持ちが、すこし持ち直すのを感じた。
「大まかな話だけ、添田君から聞いたわ」
その女性は、添田さんと同期なんだと言った。
「でも、詳細は本人から直接聞くようにって言われてる。辛いと思うけど、何があったか、詳しく聞かせてもらえない?」
その女性は、ノートにメモを取りながら、私の話を真剣に聞いてくれた。それが、報告書になるんだとか。とっても優しく、親身になって話を聞いてもらえた。なにより、添田さんが信頼しているこの女性になら何もかも打ち明けるべきじゃないかって。そう思った。
でも結局。私はとうとう、給湯室での出来事の全てを打ち明ける勇気は、最後まで持てなかった。
身体を触られたり、服の上から下半身を押し付けられたり
そういうことを何度もされました
とだけしか、言えなかった。
もしも、あの給湯室でされたことの全て。無理やり口に挿入されて、そうして喉の奥や、髪や服の上に、射精されたこと。その何もかもを打ち明けていれば。この件はもっと大きな話に、それこそ警察沙汰にでもしてしまえば、よかったのかもしれない。
でも、そのときは、全て上手くいっているように思えた。詳細を語らなくても、事は進んでいった。
笹山は、もう翌週には地方の子会社に出向になった。後任の責任者は人事部出身者で、私が何も言わなくても、正社員になることを打診してくれた。会社のスキャンダルが露呈することを防ぐための、口止め料みたいなものかもしれないけど、それでも私は嬉しかった。
災いが目の前から吹き飛んでしまって、添田さんの隣にいられる時間が、ずっと伸びた。私は、ごく単純に、そのことを喜んだ。
正社員になってからも、その後も、あの会議室で私を励ましてくれた人事の女性は、こまめに私の様子を見に来てくれた。添田さんだけじゃなくて、同性の先輩社員にも、優しい笑顔で見守ってくれる人が、この会社にはいるって、そう思えた。
……そう。そのときの女性が、鈴原主任だった。私は、彼女のことを信用しきっていたし、心から慕っていた。そんな彼女に、こんな風に頼まれたら、断り切れなかった。
「四月に入社してくる新人の女子社員に向けて、少し話をしてほしいの。うちはセクハラ、絶対許さないから、安心してねって。泣き寝入りなんて絶対ダメだからね、って勇気づけてあげてほしい」